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全世界に公開されたHSCによる大規模データ

HSC を使った戦略枠観測プログラム(HSC-SSP: Hyper Suprime-Cam Subaru Strategic Program)の第一期データが、2017年2月に全世界に公開されました。2014年から1.7年分、61.5夜のデータで、総データ量が80テラバイト、一般的なデジタルカメラ画像の約1000万枚分にも相当する、大規模なサーベイデータです(サーベイは掃天観測ともいい、一定範囲の夜空を観測することをさします)。HSC-SSP は、国立天文台が東京大学カブリ数物連携宇宙研究機構 (Kavli IPMU)、台湾、米国・プリンストン大学の共同研究者と共に、多くの日本の研究者が関わっているプログラムです。2014年から 5, 6 年をかけて 300 夜もの観測を行います。

観測領域

観測領域には「ワイド」「ディープ」「ウルトラディープ」の3種類があります。ワイドは広く観測した領域、ディープは比較的狭い領域をより深く観測した領域、ウルトラディープはさらに深く観測した領域です。より深い観測とは、より暗い天体まで見ることができるような(より暗い限界等級まで達する)観測をしたという意味です。暗い天体が見えるようになるには、積分時間(露出時間)を長くする必要があります。ウルトラディープ領域では、1つの視野での積分時間をワイド領域の40倍以上かけており、その分カバーできる領域は狭くなります。つまり、ワイドが最も広く浅く観測した領域、ウルトラディープが最も狭く深く観測した領域です。

観測領域1
観測領域2
観測領域3

図1:天球上に観測領域を示したもの(2017年2月現在)。青がワイド (Wide)緑がディープ (Deep)赤がウルトラディープ (Udeep)領域を示しています。青い枠線は、最終的なワイド領域を大まかに示しています。観測領域は、赤道座標系*)で示され、横軸が赤経、縦軸が赤緯です。バックグラウンドのピンク色は、天の川銀河(銀河系)内の塵による減光を表しています。ピンク色が濃い領域ほど、減光(光の吸収)が強いところです。観測には、減光が小さく、比較できる既存のデータが存在する領域を選んでいます。(クレジット:国立天文台/HSC Project)
2019年5月現在での観測領域(hscMap画面コピー。観測領域を緑枠で表示。)

(上)赤経0h・赤緯0度(うお座)付近、秋の星座が見える観測領域。観測領域が天の赤道(赤緯0度)付近に集中しています。
(中)赤経12h・赤緯0度(おとめ座)付近、春の星座が見える観測領域。観測領域が天の赤道(赤緯0度)付近に集中しています。
(下)上・中で示された領域と異なり、天の赤道(赤緯0度)から離れた、北の空の観測領域。

*) 地球の重心を原点、自転軸を南北とする仮想の球(天球)の座標です。 天球の経度を赤経、緯度を赤緯といいます。 地球の北極・南極・赤道を延長した方向を、それぞれ天の北極(赤緯+90度)・天の南極(赤緯-90度)・天の赤道(赤緯0度)といいます。 赤経は春分点を基準に、時間の単位で0 hから24 hまで測ります。(春分点や赤道面は時間とともに変化します。 現在使っている赤道座標は、西暦2000.0年 (J2000.0)に基づいたものです。)赤経・赤緯についての詳細は、国立天文台編・理科年表オフィシャルサイト「太陽系天体の位置とその運動(その 1 )」をご覧下さい。 また、それぞれの観測領域がどの星座にあたるのか、hscMapでご確認下さい。

HSC-SSPで観測されているのは、私たちが住む天の川銀河(銀河系)内の天体が少なく(夜空に見える天の川から離れた)、遠方銀河を観測しやすい、春と秋の星座が見える領域です。ディープとウルトラディープ領域として、他の望遠鏡による観測データ(主に分光データ)が沢山存在する領域が選ばれました。ディープ領域は4つありますが、それぞれ離れており、どの季節でもどこかの領域が観測できるように選ばれています。それぞれの観測領域の概要については、表1をご覧下さい。

表1:HSC-SSPの観測領域

領域名 観測の深さ 星座 概要
図1上 XMM Deep & Wide くじら座 ヨーロッパのX線天文学衛星、XMM-ニュートン望遠鏡で観測された領域
図1上 SXDS Udeep くじら座 すばる/XMM-ニュートン・ディープサーベイ領域
図1上 DEEP2-3 Deep うお座 アメリカのケック望遠鏡を用いた、DEEP2 サーベイで観測された領域の一つ
図1上 VVDS Wide みずがめ座 南米チリにあるヨーロッパの VLT 望遠鏡を用いた、VVDS サーベイで観測された領域の一つ
図1中 GAMA15H Wide おとめ座 オーストラリアのアングロ・オーストラリアン望遠鏡によるGAMAプロジェクトで観測された領域のうち、赤経15h付近の領域
図1中 WIDE12H Wide おとめ座 赤経12h付近のワイド領域(GAMAプロジェクトのデータあり)
図1中 COSMOS Udeep & Deep ろくぶんぎ座 コスモスプロジェクトにて、アメリカとヨーロッパのハッブル宇宙望遠鏡(HST)を中心とする、多くの望遠鏡(すばる望遠鏡を含む)により観測された領域
図1中 GAMA09H Wide うみへび座 GAMAプロジェクトで観測された領域のうち、赤経9h付近の領域
図1下 HECTOMAP Wide ヘルクレス座 アメリカ、アリゾナ大学の MMT 望遠鏡を用いた、HectoMAP サーベイで観測された領域
図1下 ELAIS-N1 Deep りゅう座 ヨーロッパの19機関の協力で行ったサーベイ領域
図1下 AEGIS Wide うしかい座 様々な望遠鏡で観測され、特に分光データが豊富 (DEEP2 でも観測されている) な領域で、主にキャリブレーション(データの較正)のために観測された領域

観測波長と限界等級(詳しく知りたい方へ)

それぞれの領域は、様々の波長で観測されています。フィルターを使い、特定の波長帯域のみの光を受けます。フィルターには、基本的で広い波長帯域を透過する広帯域フィルターと、特定のスペクトル線のみを透過する狭帯域フィルターがあります。広帯域フィルターの波長帯域は約1500 Å(オングストローム)、狭帯域フィルターの波長帯域は約100 Åです。HSC-SSPでは、5種類の広帯域フィルターと4種類の狭帯域フィルターを使用しています。HSC-SSPで使用しているフィルターと、各観測領域の限界等級については、表2をご覧下さい。限界等級は、観測データで検出できる最も暗い天体の明るさです。限界等級の数字が大きいほど、より暗い天体を検出できることになります。ウルトラディープが一番深く観測した領域で、限界等級が一番暗いことがわかります。また、それぞれの観測領域において、星像の広がり具合を表すシーイングが 0.6 ~ 0.8 秒角 (1秒角は 3600 分の1度) と良く、非常に質の高いデータになっています。

表2:HSC-SPPで使用したフィルター
フィルター名*) g r i z y NB816 NB921
有効波長 (Å)
(実測値)
4740
6170
7650
赤外
8890
赤外
9760
赤外
8180
赤外
9210
赤外
広/狭帯域
ワイド領域
限界等級**)
26.8 26.4 26.4 25.5 24.7 - -
ディープ領域
限界等級**)
26.8 26.6 26.5 25.6 24.8 25.9 25.6
ウルトラディープ領域
限界等級**)
27.4 27.3 27.0 26.4 25.6 26.3 25.8

*) g は green(緑)、r は red(赤)、i は infrared(赤外)の意味です。狭帯域フィルター名の NB は narrow band(狭帯域)を、その後の3桁の数字は、波長(単位は nm: ナノメートル)を表します。例えば「NB921」は、波長が 921 nm(=9210 Å) の狭帯域フィルターという意味です。
**) 今回リリースされたデータの限界等級。各波長帯域で目標とする限界等級については、HSC-SPPのサイトの表をご覧下さい("target depth"が目標値)。

フィルターを通じて特定の波長域のみの情報を取り出し、異なる波長で観測したデータ同士を比べることにより、天体の「色」を知ることができます。例えば宇宙膨張に伴い、銀河が私たちから遠ざかっているため、光の波長が伸びて(より赤くなり)観測されます。この現象を「赤方偏移(せきほうへんい)」といいます。遠い銀河ほど速く遠ざかっているため、より長波長で(赤く)観測されます。近傍の銀河では紫外線で観測される水素のスペクトル線が、130億光年離れた銀河では波長がのびて(可視光線の赤を通りこえて)赤外線で観測されます。そして、宇宙の歴史の中で異なる時代の天体(異なる距離にある天体)を調べる際に狭帯域フィルターが威力を発揮します。ウルトラディープ領域では、より遠い(=より赤方偏移が大きい)銀河をターゲットにしているため、より長波長の狭帯域フィルターを使用しています。