宇宙と光のこと ~天文学を読み解くヒント集~

佐藤勝彦 自然科学研究機構長 インタビュー(第2回) [1/4]

――一方、60年代のペンジアス、ウィルソン以来20年くらいをかけて確立してきたビッグバン宇宙論自体もまだ問題を抱えていたと思うのですが。

佐藤:そのとおりですね。宇宙初期をなんで考えるかというと、第一には宇宙の始まりの特異点をどうするんだということでした。時刻ゼロには宇宙の密度、宇宙の曲がり方は無限大に発散して、物理学では語れない点になっていたんですよね。神様という言葉はあまり好きではなかったけれども、宇宙の始まりに初期条件を与えることは神様以外できるのか、という話です。ペンローズ・ホーキングの特異点定理で、あるもっともらしい仮定の下ですが宇宙は特異点から始まらなければならないということは、一般相対論の中で証明されました。特異点問題は永遠の問題だなと思っていましたね。もう一つ知られていたのが地平線問題です。例えば宇宙背景放射を宇宙のある方向とその反対方向を観測すると、まったく同じ温度になります。ビッグバン理論では宇宙が生まれて一度も因果関係が持てなかった2点が、同じ温度になっているのは不思議ですよね。宇宙創生の時、神様が因果律を越えて宇宙を完全に一様にしたとすれば説明できますが、それは学問じゃない。やっぱり説明することが必要です。これは宇宙のはじまりの問題としてよく知られています。
それと同時に、アインシュタイン方程式にカオス的な性質があって、初期条件で宇宙の曲率がゼロでなくちょっとでも正だと、宇宙は膨張してもすぐ収縮に転じてつぶれてしまう、また反対にちょっとでも負だとすぐに時間に比例するような速い膨張するようになってしまって、ガスが塊り銀河や天体ができません。平坦なまま膨張する現実の宇宙にならないということも知られていました。これを説明することは大きな問題だとわかっていましたね。

佐藤:私のインフレーションの論文は、基本的に、地平線問題が解けることを使っていろんな問題を解こうとしました。第一の論文は、宇宙の構造の種を仕込むことができるという主旨の論文ですね。銀河や銀河団、超銀河団など宇宙の大構造の種がインフレーション理論では作られる事を示した、Monthly Noticeに投稿した論文です。2つめは、宇宙初期に物質、反物質の領域がそれぞれ平等に作られてもインフレーションが起これば消滅できないほどの大きな領域になり現在の宇宙も説明できるという論文です。3番目は、磁気単極子、つまりモノポール *1の過剰生産問題を解決できるという論文です。ビッグバン理論と大統一理論 *2を組み合わせると観測もされていないモノポールがたくさん作られて矛盾してしまうという問題が、インフレーションが起これば宇宙が急拡大するためモノポールは宇宙の彼方に追いやられてしまいモノポールが観測されないのは当然だと言うことになります。この3つが主要な論文なんです。 3つの論文、いづれもグースの論文より先に投稿されています。

――それまでまったく違う中性子星に取り組んでいた間に理論が育っていって、初期宇宙の問題にタイミング良く合致したということでしょうか。

佐藤:宇宙初期のインフレーション理論は、現在の宇宙を説明するのに役立たなければ論文として価値がありません。地平線問題が解けることで、先ほどに話した問題が解決できることを示したのです。宇宙マイクロ波背景放射の非等方性を観測すれば、宇宙の構造の種となるゆらぎが見えるはずだということは、当時も良く知られていました。正直言って、とても難しくて、観測はすぐにはできそうもない感じだったんですよ。だけど、スニヤエフらが、宇宙構造の種がちゃんと観測すれば、このように見えるんだということを論文で書いていたことは、本当に素晴らしいですね。今観測できなくても、将来観測できるならば、やはり書くべきなんですね。そういう発想がちょっと弱かったことは、私は反省しております。

――今のインフレーション理論や宇宙論が百花繚乱のような状態というのは、いろんな人が予言をしている ということになるのですね。

佐藤:理論を最大限拡張して、言えることはどんどん言ってものを書く。もちろん、当たらない予言もたくさんすることになると思うんですけど、それがやっぱり理論屋の役割なんでしょう。それが否定されても、学問は進みますからね。いろんなことを予言するべきですよね。もちろん、今見えている現象に合うような理屈を考えるというのも理論屋の仕事ではあるんだけども、どちらかというと、喜びを感じるのは、自分の予言したものが観測とかそういうもので裏付けられるとか、証明されることですよね。

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期待するのは宇宙背景放射の偏光観測が進むこと

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*1. モノポール:磁石は必ずN極、S極の組み合わせ(磁気双極子)で存在し、一方の極のみを持つ磁気単極子(モノポール)は存在しないと考えられている。

*2. 大統一理論:自然界に存在する4つの力の内、電磁相互作用、弱い相互作用、強い相互作用を統一的に記述するための未完成の理論。


2015.11.16