宇宙と光のこと ~天文学を読み解くヒント集~

佐藤勝彦 自然科学研究機構長 インタビュー(第2回) [2/4]

――喜びとおっしゃいましたが、今ほしい観測結果や、期待していることはなんでしょう。

佐藤:それはやっぱり、宇宙マイクロ波背景放射の細かな偏光の観測が進むことですね。羽澄先生の提唱されている偏光観測の人工衛星、LiteBIRD *1は10年以内には打ち上げられると期待しています。偏光観測をちゃんとやって、インフレーションの証拠である重力波が確かに宇宙が始まって38万年頃に書き込まれているんだということを、まず明らかにしてほしいですね。
最後は直接重力波をつかまえていただく。KAGRA *2ではできないのが残念ですけどね。

――強度的に振幅のサイズが小さいということですか?

佐藤:KAGRAでは、波長がべらぼうに大きい宇宙初期の重力波は観測できないんですよ。KAGRAは3km×3kmの干渉計ですよね。宇宙初期から来ている重力波はそんなスケールではなくて、最初は素粒子レベルの波だったんだけど、宇宙がその間に何十桁も大きくなっているので、重力波の波長も同じように引き延ばされています。ESAの計画しているLISAとかでなければ見つかりません。もちろん日本でもDECIGO(計画) *3があります。それが早くできると、さらに嬉しいんですけれど、まずはKAGRAを成功させることが大事でしょう。

――宇宙背景放射が見つかって終わったということでなく、突き詰めるべき宝が50年経ってまだ残っているということでしょうか。

佐藤:偏光の観測は大事だと思います。宇宙マイクロ波背景放射の精密な観測に加えて、宇宙初期の重力波の信号も捉えたいというのが、WMAPとかPlanck衛星の観測の目的だと思うんですけど、実は、ダストによる偏光の効果が強く、これによって銀河の磁場がきれいに見えてきたのです。天文学の上では、素晴らしい観測じゃないでしょうか。私も院生と、超高エネルギーの宇宙線が銀河内でどのように伝播するのか計算したことがあるんですけど、そのとき我々の銀河内の磁場がどういうふうになっているのか必要でした。当時は十分なデータはありませんでしたので、例えばダイポール型とトーラス型の磁場の重ね合わせという単純なもので計算していたんですけど、今や銀河の磁場がかなりきれいに描き出されてきました。もちろん、赤外線の偏光によっても見えてきていましたけど、今度のPlanck衛星は本当に細かく、磁場構造が描き出されましたよね。そういう意味では、単に宇宙論や宇宙初期の話ではなくて、実に豊富なデータが出てきたことになります。
この夏のIAUの総会でも、Planck衛星のセッションがあって、銀河の磁場とか、そういうものが観測でどのように見えてきたかが大きな課題になっていました。宇宙マイクロ波背景放射は遠くの銀河団などを通ってやってきますので、宇宙の進化のあらゆる段階の情報をうまく含んでるんです。それぞれの情報を分離することが確かに難しくて、宇宙の始まりに仕込まれた偏光なのか、本当に自分に近い天の川銀河なのかで混乱しましたしね。それを分離してやれば、進化の中のいろんなイベントが見えてくるんです。

――宇宙背景放射の観測で原始重力波の痕跡が検出されるだけでもセンセーショナルですが、きっとこの数値で出るだろうという予測はお持ちですか?

佐藤:私自身は、細かな予言まで研究する余裕はありませんでした。インフレーション理論の研究をやっている多くの方々は、それぞれのモデルで重力波の強度、スペクトルを予言しています。いろんな値が出てきますよね。そういうことがあるからこそ、観測をすればモデルのスクリーニングができるわけなんです。世界中の研究者が協力してやっている状況だと思います。素晴らしいことは、一人でなくネットワークでできているのが今の時代ですね。

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観測と理論のコミュニケーションがよくなった素晴らしい時代

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*1. LiteBIRD:宇宙マイクロ波背景放射の偏光の全天精密観測を行い、インフレーション期に生成された原始重力波の探索を目指す衛星。

*2. KAGRA(かぐら):東京大学宇宙線研究所、高エネルギー加速器研究機構、自然科学研究機構国立天文台と国内外の研究機関・大学の研究者が共同で建設を進める大型低温重力波望遠鏡。2015年11月に第一期実験施設が完成、2017年度に本格観測開始予定。

*3. DECIGO:KAGRAの次の日本の将来計画。DECi-hertz Interferometer Gravitational wave Observatory(0.1ヘルツ帯干渉計型重力波天文台)は、宇宙空間に浮かぶ3機の人工衛星で構成される重力波検出器。


2015.11.16