佐藤勝彦 自然科学研究機構長 インタビュー(第2回) [4/4]
――なぜ宇宙の研究をやろうとしたのですか。
佐藤:私の故郷は四国の田舎でして、新月の夜は綺麗な天の川が見えるようなところでした。そこで、この星空をどんどん向こうに行けばどうなるなんて、自分の親に聞いたりしておりました。宇宙に興味を持ち出したのは、ガモフの解説書を読んだことが大きいと思います。私は実はアマチュア無線もやっていまして、中学生のころにテレビも自作しましたし、結構テクノロジーが好きだったもんで、間違えば電子技術者になっていたかもわからないですけどね。
当時の貧しかった日本では、お金の要る実験では世界的な成果をだせる研究なんてできっこないと思ってました。私たちの世代では、「不思議の国のトムキンス」 *1というあのガモフの本で、相対論の世界の不思議さに憧れるようになった方が大勢いますよね。 私もその1人です。そういう状況の中で、まさに紙と鉛筆でノーベル賞をもらった湯川先生は、憧れの対象だったんですよ。今は日本人のノーベル学者はいくらでもいますし、大きな研究費が必要な実験や観測も、どんどんできる時代になっていますから、状況はまったく違うんでしょうけどね。
――今は日本人研究者も活躍していますし、観測も世界トップクラスで、宇宙に興味を持っている人は子供も大人も多いです。この分野にはまだ宝があるという期待感や、学んだことが幅広い研究につながっていったご経験から、メッセージをいただけたらと思うのですが。
佐藤:今の宇宙の研究の進展を見ていると、魅力を強く感じるのは、宇宙における生命の研究です。系外惑星がたくさん見つかっていますし、地球の深海、深い地層など極限状態の生命の研究が大きく進んでいます。それと同時に、ダークエネルギーとか、ダークマターの正体の解明、また宇宙誕生の理論も途中の段階ですし多くの謎が残っています。若い人にとって、何かそういう謎にチャレンジしてやろうと思うことが大事だと思います。
もちろん突然ダークエネルギーの正体が解明されるということはありませんから、努力してもすぐ報われることはないと思います。それでもその研究の過程で広く学ぶことによって、こういう問題が残ってたんじゃないか、大事な事があるんじゃないかということも出てくると思うんですよ。世の中の学問が進んで、知の世界は爆発的に拡大しています。最近の宇宙論の研究はいろんな理論、観測が進むことにより統一的な宇宙進化の描像が描き出されてきました。でもやはり、風船が膨らむように知の世界が膨らんでいくんだとすると、同時に知らないという領域との境である境界、フロンティアも、広がっているんです。つまり今まで知らなかった新たな謎が発見されます。知ることによって新たに謎が生まれます。
佐藤:ダークマター、ダークエネルギーもまさにそうです。何十年前は誰もそんな謎があるなんて思ってもいなかった。知の世界が拡大することによって、そういう謎があることを発見してきたんですよね。なにか頑張って研究していれば、それが大きいものでなくても新たな問題も見つかると思いますし、それを自分で拓けていくこもできると思うんです。インフレーション理論を考えた頃には、初期宇宙の論文なんて年に10編も20編も出てなかったとおもいます。面白いと思うことを一生懸命やっていれば、新たに面白いこと、新しい謎も見えてくるわけです。私も、超新星の研究から偶然、ワインバーグ・サラムを勉強できたおかげで、宇宙論研究を始めることができたんです。
――影響を受けたガモフの世界に最後に戻ってこられた。一番底にあった興味がいつまで経っても面白いということなんですね。将来統一理論が完成したら、そうして追いかけることは無くなってしまうのでしょうか。
佐藤:究極の理論を求めて世界中で多くの秀才がチャレンジしていますし、観測とか実験で定めるような定数がなくなって、そのような理論が完成するということがおこるなら、それはもう素晴らしいことです。しかしそれが完成しないとはいえませんが、新たに知ることがなくなるということは、あり得ないと思うんですよね。私は限になくそれに近づくことはできるかもしれないが、やはりわからない謎が新たに生まれて来るのが知の世界の発展だと思うんです。私は今そういう心境ですね。
――そういう意味では当分面白く楽しいものを抱えて生きていけるということですね。
佐藤:ええそれはもう。科学の謎が完全にわかってしまって「もうそれをどう使うかという応用研究だけでいい」という時代は来ないんじゃないかと私は思っています。19世紀の終わりに、物理学の体系はほとんど出来上がったという雰囲気だったんです。熱力学、ニュートン力学、電磁気学も完成した。これらの法則により森羅万象はすべて説明できるんだと考えられていました。当時の物理学界の超権威者、ケルビン卿は物理学は完成したと思いつつも19世紀物理を覆う2つの暗雲(エーテルの未検出、黒体輻射の発散)が存在することを指摘しました。それらは相対論、量子論への鍵だったのです。まさにそのちょっとしたほころびと思われていた謎を解くことによって、20世紀の物理学の根幹である相対論と量子論が生まれてきたわけです。知の営みというのは、いかにも完成したと思ったところで、何かうまくいかないことを調べることによって、基本的な謎がまだまだ生まれると思うんです。謎を知ること、謎を発見することが、科学の進歩だと思いますね。
*1. 不思議の国のトムキンス:ジョージ・ガモフ著による科学啓蒙書。主人公トムキンスの不思議な夢の世界の体験を通じて相対性理論などがはたらく物理の世界を解き明かす。