宇宙と光のこと ~天文学を読み解くヒント集~

先端技術センター 藤井泰範 研究技師 インタビュー [2/4]

――藤井さんは、これまでどのようなお仕事をなさっていたのでしょうか。

藤井: 国立天文台に来る前は電波受信器メーカーの日本通信機という会社にいて、電波望遠鏡に使用する冷却増幅器や、常温マイクロ波コンポーネントなどの開発を行ってきて、バンド10には2006年から開発支援という形で関わってきました。2008年に公募で技術員として採用され、それから2013年12月までひたすらにバンド10受信機の組み立て、評価をするというのが最大任務でした。
今はアルマとの約束の73台は全て納めて、年に数台、修理や改良のために戻ってくるバンド10受信機の部品交換、評価、再出荷を行うとともに、他の望遠鏡の受信機開発にも関わっています。

――前の会社で電波の受信器に関わり始めたきっかけはなんでしょうか。

藤井:実は、必ずしも天文に興味があったわけではないのですが(笑)大学で天体物理学研究室にて、学生の頃から電波望遠鏡の開発に携わっていました。
すごく不思議な話で、小さい頃は手先が不器用で、こんなモノづくりみたいな根気が要るような作業も嫌いだったと思うのです。しかし、大学の実習で工作機を使っての金属加工や、顕微鏡を見ながらミクサに使用する超伝導素子の組み込みをやってみたところ、実世界の数センチの動作は不器用なのですけれども、顕微鏡の中で数ミリ以下の動作は別の動きをするみたいで不器用さは気にならなくなったのです。自分の組み立てたミクサや評価装置が研究室で役に立っているのを見て「モノづくり面白いなぁ~」というのが始めでしょうかね。

――アルマ望遠鏡の受信機は、1から10まで波長ごとに分かれていて、バンド10というのが一番波長の短い、周波数の高い電波を受け取るものですね。周波数が高いことによって、受信機を作るのがかなり難しかったと聞いているのですけれども、それはどういう難しさなのでしょうか。

藤井:ミクサに使用する超伝導材料の問題と加工精度の難しさがあります。まず超伝導材料の問題は、これまで電波天文観測でよく使われていたニオブという金属はバンド9までは非常に良い特性なのですが、材料の性質としてそれ以上の周波数で使用するには別の超伝導材料を使う必要がありました。 加工の難しさは、電波の波はその波長がミリメートルぐらいなので、波長程度の大きさに加工された金属部品が電気部品になったりします。
例えばコルゲートホーン(電波を集めるための円錐型の部品)をよく見ると、内側に溝が(びっしりと)彫ってあるのです。波長が2.0ミリのバンド4でしたらその溝の幅が0.34ミリになり肉眼でもはっきり見えるのですが、波長0.35ミリのバンド10では幅0.054ミリで深さが83ミクロンとか、髪の毛くらいの細さで加工しなければなりません。

バンド4(左)とバンド10(右)のコルゲートホーン バンド4では内部の溝がはっきりと見えるが、バンド10の溝は大変細く肉眼でははっきりと捉えられない

また、偏波分離器(金属の中を、電波を通すトンネルが貫通している部品)の入り口は正方形で、出口は長方形になっています。この変換には細かい加工が必要なのですが、バンド8の波長は0.7ミリなので、これはこれで大変だったのですがぎりぎり加工が可能でした。バンド10で製造するとなるとかなり難しくなることが予想されたためワイヤグリッドという別の仕組みを使っています。そのワイヤグリッドでも、太さ10ミクロンのワイヤを1センチに30本きれいに並べなければきちんと機能しないために、これはこれでチャレンジングな製品になりました。

――藤井さんは、バンド10のプロジェクトでどういう役割をなさっていたのですか。

藤井:先ほどお話しした「難しい超伝導素子の研究的開発」以外のところです。
開発初期の頃は企業から開発支援という形で関わっていたこともあり、チャレンジングな研究は研究者にお任せし、自分は「作れば作れるよね」の部分を受け持つことにしました。受信機の話でもしましたが、アルマでは受信機カートリッジ構造や、中間周波信号は共通化できるために、そのあたりの調査を始めるのですが、バンド10がスタートするときには国立天文台ではバンド4とバンド8が既に進んでいて、海外のチームの開発も進んでいるわけです。そのような情報をわっと集めてですね、そうすると設計・試作まではすぐできるわけです。
ただ、実際に組み立てると、既にいろいろ実績があるはずなのに、いろいろ問題が起こります。問題が起こる毎に1個ずつ直していく。それが私のやったお仕事ですかね。
実はインタビューされるような大したことはやっていないと思っているのですが・・・(笑)

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2015.12.14