宇宙と光のこと ~天文学を読み解くヒント集~

先端技術センター 藤井泰範 研究技師 インタビュー [3/4]

――一番苦労したのはどのようなところですか?

藤井:バンド10で言えば、やはり受信機性能の指標である雑音温度性能の仕様が厳しくて苦労しました。
ミクサや信号を低雑音温度で増幅する冷却アンプ、基準信号を作り出す逓倍器など各部品の個性が悪いほうにずれると、仕様を少し満たさなくなることがありました。いい部品ばかり使うと、最後に悪いのしか残らなくなってしまうので、後半では組み合わせをうまく考えてぎりぎりな線を狙ってみました。
たとえば、良い性能の冷却アンプがあるときには、良い性能のミクサがあっても他のちょっと性能の落ちるミクサを使用して組み立て、別な受信機である部品に問題があって雑音温度性能が厳しいときには虎の子ミクサを使うというのをやっていました。もちろん要求されたスペックは満たしているので問題はありませんよ(笑)

あと、スケジュールが厳しいとずっと言われていたので、スケジュールを前倒しにしてやろうという気が働きました。最初の想定は月に4台ぐらいのスケジュールでしたが、多い月で6台とか7台完成させました。
土日も作業をしていたような気がします。例えば、受信機を冷凍機に入れて冷やすのですけれども、冷却するのに一晩かかるので日曜日の夕方にスイッチを入れにきたり、測定も、例えば雑音温度測定に2日、ビーム測定に3日かかると、トータルでは1週間ぐらいかかってしまいます。それでは月に4つしか作れないわけです。バンド10では雑音温度測定とビーム測定を、別の冷凍機を使って並列に測定するのですが、測定している間に次を組み立てたりと、どうやったら少しでも前倒しできるかを考え実行するのが結構大変でした。

――当然、並列にはできない作業もあるのですよね。

藤井:あります。
同じ測定系を複数用意するのには時間が足りなかったので、冷凍機が二つあっても測定は直列になります。本番の詳細な雑音温度測定を行っている最中に仕様を満たしていないことがわかったら、部品を交換しなければいけない。でも、交換したときにこちらの作業が空いてしまうので、そうしたらもったいないからこれをやろうとか。そうならないように初めに簡易的な雑音評価が出来る冷凍機が用意できれば、そちらでさっさと1日おきぐらいにやって、その中でいいやつから順に詳細な雑音評価に持っていってその後ビーム測定・出荷に持っていくけれども、悪いものはすぐ交換して貯めないようにしなきゃ、ということをやる。そこまでやるとやっと6台、7台。
バンド10の仕事の後半の2年間というのは、まさに生産をどう効率よくやるかというところを頑張りました。

――例えば、日本では性能がよかったのに、チリに持っていったら何かおかしいなということは起こったりするのですか。

藤井:残念ながらあります。
超伝導素子の性能が何かをきっかけに変化することがあったのです。試作開発の時にそのような変化があったのですが、そういうことが起こらないようにと、組み立ての時に80℃という、常温よりも高い温度に3時間ぐらい置いておけば、平常な温度で起こるような熱的な変化は取れると思っていて、それで出荷していました。しかし、チリに行ったときに変化が起こって性能を満たすことができなくなりました。
よくよく調べると、ある時に作った素子はそういうことが起こりやすく、別な時の素子では起こりにくいということが分かったものの、原因は必ずしも解明されていません。当面は起こりにくい素子に交換して対応しています。 また、別の部品では、日本で評価するときに問題が発覚したのですが、どうやら電源環境に依存しているらしく、ある冷凍機では問題がなくて、別の冷凍機では問題になるものの、電源をかける手順で回避できることも分かってきました。そこで、「こういうふうにして、こういうふうにして、こういうふうにすると使えるよね」と思ってチリに送ったものもあります。実際にチリでも同じ問題が発生して、同じようにやってみてと言ったら、使えるというのです。でも、問題のあるバンド10受信機は一部だし、その一部のために特殊な手順をアルマという仕組みに組み込むのは難しいので、やっぱり部品を交換して対処することになります。そのような問題を起こす兆候というのもある程度把握できたので、今アルマで問題なく使用できているバンド10受信機やそのスペア受信機でも、懸念があるのならば交換しておきましょうかということになりました。

――バンド10の開発はほかより遅れて始まったそうですが、それはなぜですか。

藤井:元々難しい装置だと思われたからでしょうか? 遅れたというか、元々遅い時期にスタートしている装置なのです。
バンド10がスタートしたとき、実は超伝導素子の性能は全然足りていませんでした。プロジェクト開始が2005年で、1回目の審査会があった2008年でも、まだアルマの要求性能を実現できていませんでした。審査会が終わるころにやっと要求性能に触れるぐらいなところまで来て、性能を下げている部分を一個ずつ潰して、やっと要求どおりの性能になってきました。

――結構地道な作業ですね。

藤井:そうですね。
バンド10受信機1台目ができたのが2011年ですので、結局、プロジェクト開始から数えれば、5年間ぐらい開発させていただいたことになります。皆さん難しい難しいと言っていたのですが、肝心な超伝導ミクサの部分がクリアできればあとは組み立てるだけの話なので、「一気に作りますよ」と言ったところ驚かれてしまいました。

――こつこつと続けていくというのは地力が必要ですよね。

藤井:たくさんあった問題も解決できれば完成度を高めることになるので、あとは「さあつくりまっせ!!」と、そこで先ほどの生産効率に燃えるわけです(笑)。

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2015.12.14