宇宙と光のこと ~天文学を読み解くヒント集~

佐藤勝彦 自然科学研究機構長 インタビュー(第1回) [1/3]

――まず、100年前にどういう大事なことがあったのかということをお聞きしていいでしょうか。

佐藤:そうですね。特殊相対性理論ができたことによって、時間や空間の物理学が凄く進んだのですけれども。加速度運動している現象とか重力のある時にも使えるより一般的な相対論を作ろうとアインシュタインは10年頑張っていたのです。彼は研究の進捗状況にしたがってシリーズで論文を書いているんですよ。
「アインシュタイン方程式」と言われる重力場の方程式を、プロシア・アカデミーのシリーズ講演の4回目に書いた時をもって一般相対論が出来たと言われているんですけれど、最終的な論文は1915年に投稿し次の1916年に出版されています。リーマン幾何学という当時の最先端の数学を使って初めてできたわけですけれど、本当に面白いというか不思議なことは、数学はもちろん物理学のためにやっているわけではないのに、ちゃんと必要なものを準備してくれていたということ。
太陽の横を光がかすめた時に方向が変わる。そういう重力と光の物理について実験に掛かるような予言ができたわけですよね。素晴らしいことだと思います。

――宇宙を支配する重力についての方程式を解いたところ、いろんな人が宇宙は膨張や収縮をしてとどまらないということを発見しました。

佐藤:アインシュタインは1917年に「宇宙は永遠不変である」という固い信念に基づき静止宇宙モデルを作ったんです。無理やり宇宙項というのを加えたわけです。「論理体系を考えて議論すればこうなるんだ」という理論物理学者だと思っていたのですけれども、ちゃんと“常識を信じる”、当時の“観測”を尊重する立場で、自分の方程式の結果であっても認めませんでした。
アインシュタインの式を解いて最初に「宇宙が膨張している」という計算をしたのはアレクサンダー・フリードマン、1922年ですね。論文をドイツの『Zeitschrift für Physik』という物理学会誌に投稿したんです。そのレフェリーはアインシュタインだったんですよ。アインシュタインは最初は彼の論文を読んで、「計算が間違っている。自分が計算し直すとちゃんと静止宇宙になった」と。もしそのままならフリードマンの論文は出版されなかったですよね。
そのレポートが返って来て、フリードマンは友人を介して自分の計算が正しいことをアインシュタインに説明したんです。その結果「計算としては正しい」ということで、有名なビッグバンの基礎になった論文が出版されたんです。アインシュタインが「宇宙は膨張したり収縮しているものだ」ということを信じたわけでは全然ないんです。単に数学の答えとしては認めるんだけど、現実は静止なんだと。 単に理論をごり押しするだけではないアインシュタインの態度は素晴らしいとも言えるし、残念であった。自分で宇宙の膨張を予言しなかったのは損失ですよね、結果的に。

――スライファーやハッブルがアインシュタインの「静止宇宙」の信念を突き崩す観測を持ってきます。理論研究者として、その時の興奮あるいは動揺はどういうものだったとご想像されますか。

佐藤:アインシュタインがそういう文章を残してくれていると面白かったんですけどね。ハッブルの結果を聞いて「人生最大の不覚だった」と語った、といろんな解説書で紹介されていることですけれど、最近の翻訳書、「偉大なる失敗」*1によれば、「ジョージ・ガモフの捏造ではないか?」と書いているんですよ。アインシュタインが語った、というのは、ガモフがサイエンティフィック・アメリカンの記事やまた自伝の中に書いていることです。ガモフはコミュニケーション力の優れた人でアインシュタインとも親しく交流していましたし、他の人が知らない時にアインシュタイン自らそう語ったのは本当なのかも解らないという、グレーな結論なんですけれどね(笑)。
アインシュタインは、1932年に現在のビッグバンの標準的なモデルになっている論文をド・ジッターと一緒に書いている。その中で「宇宙項は要らなくなった」と書いているだけなんです。でも本当に面白いことに、今まさに宇宙項が復活している訳です。アインシュタインも「要らない」と言って取り消したのは事実なので、取り消したことはまた間違いだったんですよね。やはり科学の進歩は、天才といえどもいつも正しい訳ではないことを示しています。

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理論屋は出来るだけ予言した方がいい

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*「偉大なる失敗」:マリオ・リビオ著 早川書房 2015年1月


2015.11.09