宇宙と光のこと ~天文学を読み解くヒント集~

佐藤勝彦 自然科学研究機構長 インタビュー(第1回) [3/3]

――膨張宇宙に決着がついた時、周りで研究を志した人は皆宇宙論に集中していたのでしょうか。

佐藤:そうですね、私も当然宇宙論をやろうと思って京都大学の林研究室に入ったんですけれど、こういう素晴らしい観測があると、もう宇宙論の話はやり尽くされているような感じがしました。修士の論文を書こうとした時……まァ修士論文だったらレベルが低くてもいいと思えばそうなんですけれどもね(笑)。何とかインパクトのある論文をと思っても、後追いのような仕事しか無いような気がしまして。
パルサーが見つかったのが確か学部4年生の時だったと思うんですけれど、相対論的な天体、中性子星の研究が面白いと思いました。林研究室の主なテーマは星の進化で、星の普通の進化は大体見えてきて、流れとして最後の方の超新星の爆発だとか中性子星をやろうと決意しました。そこで、本当に私はラッキーだったんですけど、修士2年生の時にアメリカからハンス・ベーテ *1が、湯川先生のお客さんとして京都大学に半年間滞在されたんです。
超新星爆発で高密度の中性子星になるときに、元素が段々重い元素に変わっていって、最後に鉄が解けて中性子星物質になるんですけれど、中性子星の表面の近くの元素が外から中に向かってどういう風に変わっていくかということが注目を浴びるようになったんです。
なぜかと言うと、中性子星で地震が起こることが観測で分かってきたんです。磁場が回転してエネルギーを失い長くなっていたパルスの周期が、突然ある時にパタンと速くなる。また長くなって、パタンと落ちるんです。“グリッチ(glitch)”と呼ばれる現象が発見されて、「これは中性子星の地震に違いない」と。回転している中性子星は楕円形なんです。回転が弱くなると球に戻ろうとするけれど、表面が固体だとしばらく楕円を保とうとがんばるんですよ。そして結晶が壊れたところでバタンと地震が起こって周期が速くなる。慣性モーメントが小さくなれば、速く回らないと元の角運動量は保存できませんからね。だからどのような元素で固体結晶ができているかによって、グリッチの度合いが決まりますから中性子星の表面付近の元素がどうであるというのは大事なことだったんです。私の修士論文の最初の部はハンス・ベーテとの共著論文になったんです。ノーベル賞学者との共著論文が自分の最初の論文になったというのは凄くうれしいことでしょう。

――それだけ刺激的な分野に最初に着手されて、それから宇宙論にまた戻ってくることになったんですね。

佐藤:それも極めてハッピーなんです。超新星の爆発を研究して、コンピュータ・シミュレーションもやり始めていました。その中で、超新星爆発は、ニュートリノがどういうふうに抜け出すのか、それが鍵を握っているとすぐに認識しました。今でも、ニュートリノがどうやって漏れ出してくるかっていうのが、一番わからないところなんですよね。その当時は、ニュートリノがどのように散乱するかという基礎的なプロセスすら確かでなかったんですよ。つまり、弱い相互作用の理論すらちゃんとしてなかったんです。そこから勉強を始めたんですよね。ワインバーグ・サラム理論 *3で計算すると、ニュートリノと物質の相互作用がわかってきました。
実は、この理論があると教えてもらったのは、京大の助手だった益川先生 *3でしてね。私はそのとき博士の2年ぐらいです。ワインバーグ・サラム理論を知って、その理論を使うとニュートリノが超新星の中に20秒ぐらい閉じ込められるという論文を書いたんです。その後、1982年に東大の助教授になったんですけど、その5年後の1987年に小柴先生 *4が超新星1987Aからのニュートリノを見つけられたんです。私の立場から言えば、ニュートリノが閉じ込められてから出てくるニュートリノ・バースト現象が、だいたい10秒とか20秒になることを、予言したことになっていたんですよね。すごく嬉しかった。それも、横に益川さんがいたというハッピーと、東大に来たときにまさに隣の研究室で小柴先生が発見されたという、幸福の積み重ねみたいなものなんです。

佐藤:その過程でワインバーグ・サラム理論を勉強すると、実は真空が相転移 *5を起こす、ということが書いてあった。からっぽの空間が相転移を起こして、素粒子が質量を持つようになるという話です。相転移を担うのがヒッグス場です。その当時は、決してそのまま信じられていませんでした。嘘か本当かわかんないぞ、という感じでしたね。だけど、私はすぐに、天体の中で同じような相転移が起こるのではないか、それから宇宙初期でも起こるはずだと考え、中性子星の中での相転移も研究しましたし、宇宙初期の相転移も研究しようと思いました。ポスドクの時代ですね。博士論文は超新星爆発とそこでの元素合成、r-process *6で学位をとりましたが、同時に相転移の研究を始めたんです。それが、(1981年の)インフレーションの理論につながっていったんですね。ワインバーグ・サラムを勉強しようという気にならなければ、つまりニュートリノの研究をやらなければ、全然インフレーション理論を提唱することもなかったですね。超新星と中性子星の研究者で終わっていたと思います。今でももちろん超新星の研究も続けていますけどね。
それがインフレーションの研究をやるきっかけです。宇宙初期の相転移でどんなことが起こるんだろうかと調べていると、自然に宇宙の始まりに大きな真空のエネルギーある事がわかり、その真空のエネルギーをアインシュタインの方程式に入れれば、指数関数的な膨張が起こって、宇宙項と同じ役割をするということがすぐにわかります。本当に、幸せの積み重ねで、たいへん良い偶然性に恵まれたと思っています。

次回へ続く:
収録日:2015年9月8日
場 所:自然科学研究機構本部 機構長室

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*1. ハンス・ベーテ (Hans Bethe, 1906-2005):ドイツ出身のアメリカの物理学者。恒星内のエネルギー源が核融合反応で発生することを明らかにし、「原子核反応理論への貢献、特に恒星内部におけるエネルギー生成に関する発見」で1967年ノーベル物理学賞受賞。

*2. ワインバーグ・サラム理論 (Weinberg-Salam theory):自然界に存在する4つの力の内、弱い相互作用(素粒子(クォーク)間に働く力)と電磁相互作用を統一的に記述する理論。電弱統一理論。1979年、「素粒子間に働く弱い相互作用と電磁相互作用を統一した相互作用についての理論への貢献」でグラショー、サラム、ワインバーグの3名がノーベル物理学賞受賞。

*3. 益川 敏英 (ますかわ としひで):理論物理学者。名古屋大学素粒子宇宙起源研究機構長・特別教授、京都大学名誉教授。CP対称性の破れを説明する「小林・益川理論」で6種類の素粒子の存在を予言、小林誠、南部陽一郎と共に2008年ノーベル物理学賞受賞。

*4. 小柴 昌俊 (こしば まさとし):物理学者。東京大学特別栄誉教授・名誉教授。 陽子崩壊の検出を目的として建設した「カミオカンデ」で、大マゼラン銀河で起きた超新星爆発 SN1987Aからのニュートリノを検出、天体物理学への先駆的貢献を称されてに2002年ノーベル物理学賞受賞。

*5. 相転移:物質が、組成や物性が均一な一つの状態(相)から別の相に遷ること。身近な例では、水(液相)が氷(固相)や水蒸気(気相)に変わるのも相転移。真空も異なるエネルギー準位の間で相転移をし、熱を解放すると考えられる。

*6. r-process:鉄より重い元素ができる過程の一つ。超新星爆発や中性子星合体など、中性子が過剰に放出される環境で、軽い元素がたくさんの中性子を捕獲して急速に(rapid)成長するプロセスのこと。


2015.11.09