電波天文学とは
▶電波で見える宇宙の様子 ▶電波利用業務としての電波天文 ▶電波天文学と他の業務との共存

夜空を見上げると多くの星が輝いている様子が目に入ってきます。人里離れた場所に出かけ、降るような星空をご覧になった経験をお持ちの方も多いでしょう。宇宙には自ら光り輝く星が無数に存在していることを実感できる瞬間です。
天文学的にはこれらの星は「恒星」と呼ばれます。太陽は最も近くにある恒星です。恒星の表面温度は数千度から数万度もあります。夜空に輝く星々の微かな輝きからはそんな高温で激しい世界は想像できないかもしれませんが、それはこれらが太陽に比べ非常に遠くにあるからなのです。
天文学は宇宙のことを調べる学問です。では、肉眼で見える光(可視光)の観測だけで宇宙のことは全て分かるのでしょうか?
実はそうではありません。
可視光で全く分からない宇宙の別の側面を調べる一つの手段、それが電波天文学なのです。
電波で見える宇宙の様子
では、電波ではどのような様子が観測されるのでしょう?
星同士を隔てている宇宙空間には「星間物質」と呼ばれる物質が存在し「恒星」を作る材料になっています。星間物質は水素を主成分とするガス成分と、「ダスト」と呼ばれる直径1マイクロメートル(1/1000ミリメートル)以下の固体微粒子とから構成されています。
可視光ではその詳しい様子を知ることが大変困難でしたが、電波観測ではじめてその詳しい様子を知ることができます。
下の画像は、東京大学60 cm電波望遠鏡で撮影されたオリオン座周囲の一酸化炭素分子スペクトル強度分布(230 GHz)です。光学画像上に,電波の強度を強い順から、赤→黄→水色→青→青紫、と色づけして重ねてあります。
また、私たちの一番身近な天体である太陽についても、表面の激しい爆発現象や物質の放出などの様子を電波観測で詳しく知ることができます。それは太陽そのものを知るだけでなく、地球の上層大気の環境変化を知り通信業務に役立てるという身近な活動にも役立っているのです。
下の画像は野辺山電波へリオグラフによる17 GHzの太陽画像です。
電波利用業務としての電波天文
「電波利用業務」として電波天文学を見たとき、どんな特徴があるのでしょうか。
① 受信のみの業務
通常の電波利用は送信と受信がセットになっていますが、電波天文学は自然現象を相手にする「受信のみの業務」です。
② 様々な周波数成分を含み、かつ周波数ごとに独立な情報をもつ信号が相手
通常の業務では、送受信電波の周波数が同じであれば同じ情報・信号のやり取りを別の周波数でも行うことができます。
ところが、電波天文は対象が自然現象のため調節ができません。天体信号はあらゆる周波数成分を含み、しかも各成分が異なる情報を持っています。
たとえば、星間ガス中に含まれるさまざまな分子が出す電波の周波数は、量子力学で計算される飛び飛びの値をもち(線スペクトル)、かつ、それらは分子種ごとに異なっています。
天体の性質を知るには、多数の周波数成分を「あるがまま」に受信するしかありません。
野辺山45 m電波望遠鏡による冷たいガス雲での星間分子スペクトル(8.8 - 50 GHz)。
38種類の星間分子から、合計 414本ものスペクトル線が検出されています。
Kaifu, N., et al. 2004, PASJ, 56, 69 (Figure 1)より改変
③ 微弱な電波が対象
天体からの電波は極めて微弱です。そのため、他業務の人工電波が混ざってしまうとあっという間にかき消されてしまいます。
また電波天文で使用される装置(電波望遠鏡)は、微弱な信号に最適化された超高感度な受信システムを持っています。強烈な人工電波が直接入り込んでしまうと受信部が完全に破壊される可能性もあります。
電波天文学と他の業務との共存
このような電波天文学の特徴を踏まえ、その健全な発展を確保しつつ他業務との共存をはかるため、一般的に以下の施策がとられています。
① 電波天文業務のための周波数帯とその保全
電波天文学にとって特に重要な周波数帯は,電波天文業務が優先的に使用できるよう周波数が割り当てされています。
このような周波数帯でも、他業務に同格の優先権が与えられている場合は、 電波望遠鏡のある周囲に限って「電波天文保護指定申請」を総務省に提出します。申請が受理されると、指定範囲内では人工電波放射を控えることが義務付けられます。
② 地理的・時間的・周波数的な分離や運用上の協定
電波天文に優先的に割り当てられている周波数帯だけでは、実際、電波天文研究を進めるのに十分とはいえません。
その他の周波数帯での観測には、他業務との調整が必要になる場合があります。
具体的には、電波望遠鏡が使われている場所・時間帯で人工電波放射を可能な限り控えてもらう、あるいは代替周波数の使用や無線通信によらない手法をとれないかを交渉します。 具体的な解決策は個別案件ごとに当事者間で最善の策を模索し、合意に達した段階で運用協定を結ぶ場合もあります。
周波数資源保護室では、電波天文を推進している立場からこのような共存を円滑にすすめるための諸活動を行っています。