宇宙と光のこと ~天文学を読み解くヒント集~

臼田知史 TMT推進室長 インタビュー [1/4]

――まず、天文学者として働くに至ったきっかけを教えてください。

臼田:小学生の時に、ボイジャー1号, 2号 *1が木星や土星を撮影した映像をニュースで目にしたんです。さらに、NHKの「パノラマ太陽系」という番組があり、今は千葉工大にいる松井さん *2らが太陽系の魅力を解説していた。それまで木星には縞模様があるとか、土星に環があるという程度の知識はあったものの、ボイジャーが送ってきた写真は凄くキレイで今にも動き出しそうだし、木星には地球がいくつも入るような台風がありそうだし、とても好奇心を刺激されました。ボイジャーの撮った写真を見たのが、天文学に興味を持ったきっかけでしたね。

――ご出身の長野で満天の星々を見慣れていて自然と興味を持ったということではないんですね。

臼田:確かに星はよく見えるんですが、小学生の頃はあまり興味がなかったですね。夜に星を見るというよりはむしろ、朝早起きして昆虫を採りに行ったり、魚を釣りにいったりしていました。カブトムシの幼虫を取ってきて育てたり、家族で鈴虫を飼って越冬させたりしていました。

――ボイジャーの撮影した写真を見て天文学にも興味を持ち始めた昆虫少年が、実際に天文学者になるにはまだ時間がある。その間にはどんな経緯があったんですか?

臼田:順を追ってお話しましょう。
 中学生になると、小学生の頃から好きだった工作などのモノづくりにのめりこんでいって、卒業文集には将来エンジニアになりたいと書いていました。プラモデルもただ作るだけではなくて、例えば戦車なら砲塔が動くようにモーターを追加したり、リモートで光らせたりなど、工夫して楽しんでいました。高校生の時も、エンジニアリングに興味があって、大学も工学系を志向していたんです。その時点では天文学へのモティベーションは高くなかったですね。
 大学に入って進学先の学科を決める時に、工学も良いと思いながら、一方で、地球物理(現在の地球惑星物理学科)が面白そうだと思ったんですね。ちょうどテレビできっかけをくれた松井さんがいるということもあり、ボイジャーのことも思い出して、太陽系や天文学にも再び興味を持ちました。

――どうして地球惑星科学より天文学を選んだんですか?

臼田:当初、天文学に対しては、おそらく他の一般の方々と同じように「星や銀河を観測してもっと詳しいことを調べる」というイメージしかなかったんです。でも、実際に天文学科の先生や先輩方の話を聞くと、様々なものを作っている。例えば当時は、これからすばる望遠鏡 *3という巨大な望遠鏡を作るので、そのために今からいろいろなものを作るという時期でした。天文学科って、何か世界最先端のモノ作りができるんだ、ということを初めて知って、面白いかもしれないと、天文学科を選びました。

――エンジニアリングへの志向は、いろいろな分野のある天文学の中でテーマを選ぶ際にはどんな指標になったんですか?

臼田:当時、電波天文学や可視光を観測する光学天文学は既にある程度の発展を遂げていました。一方、冷戦終結直後だったので、軍事機密だった赤外線の技術はなかなか情報が外に出てきておらず、その活用は始まったばかりだった。したがって、赤外線天文学は新しい分野で、ハードウェアやソフトウェアなど自分で作らなければならなかったんです。だから、自分で装置を作り、自分の作ったもので何かを観測できるようになったら、それは面白いな、と思って赤外線天文学を選びました。

――最初はどんな研究・開発をされていたんですか?

臼田:学部4年生の時は田中培生先生のもとで、小金井にある郵政省(当時)の通信総合研究所(現在のNICT)にある1.5メートル望遠鏡とその赤外線カメラに田中先生が開発されていた分光器を付けて観測する赤外線天文学の研究を始めました。波長ごとに光を分ける分光器を作っていたんですね。僕はその評価などを担当していました。
 自分で作った分光器をいざ使って観測しようという時に、興味を持ったのは水素分子でした。水素は宇宙で一番多いわけですから、宇宙の中で物質の密度が濃いところがあれば、そこは水素分子だらけなわけです。でも、圧倒的に多いにも関わらず、電波を出さないので、どんな優れた電波望遠鏡でも観測できません。例えばいま、ALMAという最新の電波望遠鏡で星ができる現場を見ていると言っても、全体の1%程度の一酸化炭素などの分布を調べているに過ぎないわけです。すると、本当に全体の構造を捉えているといえるかどうかは実はわからないかも知れないのです。でも、赤外線を使えば、最も多くを占める水素分子を観測できます。そこで、水素分子に着目することにしました。

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重い星の輪廻を大望遠鏡で調べる

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*1. ボイジャー:1977年にNASAが打ち上げた2機の惑星探査機。ボイジャー1号は木星と土星に、2号は加えて天王星と海王星に接近して観測をおこなった。近距離から惑星や衛星を多数撮影し、それまで地上からの観測で得られたものをはるかにしのぐ鮮明な画像を私達の目に届けてくれた。

*2. 松井孝典 (まつい たかふみ)氏:地球・惑星科学者。千葉工業大学 惑星探査研究センター長。日本の惑星科学の第一人者。

*3. すばる望遠鏡:国立天文台が運用する口径8.2メートルの反射望遠鏡。ハワイ島マウナケア山頂の標高4200mという好条件と世界最大級の口径、ユニークな観測装置を活かし、可視光線から中間赤外線にかけての波長で観測をしている。


2015.11.30