臼田知史 TMT推進室長 インタビュー [2/4]
――水素が宇宙で最も多いということは、それだけ研究テーマもたくさん考えられると思いますが、どのようにテーマを選ばれたんですか?
臼田:宇宙はどうなっているのか、我々の住む天の川銀河はどのように作られたのかなど、大風呂敷を広げたような興味が根本にはあります。そういう大きな疑問に対して、自分たちの研究はどう生かせるのか、ということを考えながらフォーカスしていきました。
天の川銀河というのは星の集まりですね。そして、銀河全体の進化には、実は重い星がいくつ、どのように生まれ、そして死んでいくのかが、大きな影響を及ぼすんです。だから、重い星が生まれる場所がどうなっているのかを研究するようになりました。それから、星は輪廻していくので、その死んでいくとき、つまり超新星爆発にも興味を持って研究してきました。
――望遠鏡はどんどん大きくなっていますが、それに伴い星形成領域の研究はどのように進歩していくのでしょう。
臼田:重い星が生まれる領域は、銀河の中でもそんなにたくさんあるわけではないんです。銀河系の中でも、遠くの方にいるものもあれば、銀河面の中、すなわちたくさんの星の向こう側にいることもある。望遠鏡が大きくなると、視力が良くなるので、より遠くのものまで細かく見られるようになります。私が大学院生の頃に1.5メートルの望遠鏡を使っていた時は、銀河面にあるたくさんの星の像がぼやけて大きく見えてしまっていたので、その向こうにある重い星誕生の現場はほとんど見通せなかった。でも、8.2メートルのすばる望遠鏡の登場で星像がシャープに見えるようになった結果、星同士の重なり合いが軽減されました。そして、我々の住む天の川銀河の中心方向にある大質量星形成領域で生まれたばかりの星ひとつひとつを分解して観測することができるようになりました。
TMTができれば、天の川銀河の内側だけにとどまらず、隣の銀河、例えばさんかく座にある渦巻銀河M33 *1やアンドロメダ銀河 *2などにある重い星が生まれる現場でも、星のひとつひとつを分解して観察できるようになるんです。こうして、重い星が生まれる現場の観測サンプルを増やし、場所ごとの違いを整理できると、ようやく系統的に大質量星の生まれるメカニズムを調べられるようになるでしょう。
――望遠鏡が大きくなって、集光力が高まり暗い光も見えるようになる、解像度が高まって細かい構造も調べられるようになると切り拓かれるサイエンスは、他にどんなテーマがあるのでしょう。
臼田:例えば我々の銀河の中心には太陽の数百万倍のブラックホールがあると考えられています。周りをぐるぐる星が回るのを見て、ブラックホールの質量を求めるんですね。すばる望遠鏡より視力が4倍も良く、光は10倍以上集められるTMTができると、調べられる星の数が増え、星々からの光を分光すれば星の成分や、視線方向も含めて3次元的な運動も調べられるようになるでしょう。そうすれば、超大質量ブラックホールのでき方も解明できると思います。
――より遠くの、より暗い天体を、より細かく見るために、望遠鏡はどんどん大きくなっていますが、人類はどこまで大きな望遠鏡を作ると思いますか。
臼田:よく聞かれますね(笑)。例えば私が大学院生の時に30メートルの望遠鏡を今から作れますか、と聞かれたら、8メートルもできていなかった当時ですから、無理だと思っていたでしょう。でも、すばる望遠鏡で経験を積んで、30メートルのTMTも見えてきた今では、機能を絞れば、地上では100メートルくらいまではいけるのではと思います。 地球を飛び出して、例えば月面に行けば、材料調達や発電などインフラ面のチャレンジはさておき、重力は小さくなるし、場所を選べば温度的にも安定しているのでもっと大きなものも作れると思います。もっとも、すぐにそれができるかどうかは疑問ですけどね。
*1. M33:天の川銀河と同じグループ(局部銀河群)に属しており、他の多くの銀河に比べて距離がたいへん近い。大きく見えるだけでなく、ほぼ真正面を向いているため、渦巻銀河の中で重い星の分布を調べるのに適している。
*2. アンドロメダ銀河:アンドロメダ座にある渦巻銀河。天の川銀河と並ぶ局部銀河群の主要メンバー。天の川銀河の伴銀河である大・小マゼラン銀河を除くと、最も大きく明るく見える。