宇宙と光のこと ~天文学を読み解くヒント集~

先端技術センター 宮崎聡 准教授 インタビュー [2/3]

――ダークマターは本当にあるのですか。

宮崎: 私も含め多くの人がその存在を信じています。重力レンズ *1効果を利用したダークマター *2の分布調査はトニー・タイソン氏 *3が1990年の初め頃に提案した技術です。観測が行われ始めた頃、私はちょうどハワイ大学にいました。海外学振というポスドク制度で赴任していたハワイ大学の天文学研究所に、あるとき突然ダークマターマップのプロがサバティカル(研究休暇)を利用してやってきました。ラッキーなことに。そのニック・カイザー *4という先生は今でもハワイにいますが、その人が「こんなことができるんだぜ、どうだ」とか言って見せびらかしていたので、「こいつはすごい」と、私が手法に興味を持ちはじめたのは1995年ぐらいですかね。まだ日本では望遠鏡がなかったし、こんなことができるカメラもなかった。ちょうどそのシュプリーム・カムというのがぴったりで、ダークマターの分布を調べるという論文を最初に書いたのは2002年かな。シュプリーム・カムができたのは2001年なのですけれども、翌年ぐらいからシュプリーム・カムを使ったダークマターの分布を調べるという研究が始められたのです。

――具体的にはどのようにダークマターの分布を調べるのですか。

宮崎:銀河の観測をして、銀河の形の情報から手前にある重力レンズを引き起こすダークマターの分布を調べます。もともとの銀河の形は当然知りません。いろいろなアングルがあって、見え方も当然違うでしょう。だから1個の銀河を見て、この銀河が重力レンズ効果を受けているのかどうかはわかりません。それではどうやって調べるかというと、銀河は無数に写るので、例えばあるセクションに1つ四角を作り、この四角の中に例えば100個銀河が入ったとします。この100個の銀河はどちらを向いている銀河が多いかを統計的に調べて平均すれば、個性は全部なくなります。もしダークマターが手前になくて、全部ストレートに光が来れば、銀河の向きは完全にランダムになるはずです。

写真中央付近のダークマターによる重力レンズの影響で、まわりの銀河が変形しているのがわかる。

――なぜHSCの性能が必要なのでしょうか。

宮崎:この観測にはものすごくたくさんの銀河を調べる必要があり、その銀河の形をきちんと決めるためには、たくさんフォトン(光)を集めなければなりません。たくさんあるのは暗い銀河なので、光を集めるためにすごく大きな鏡が必要で、しかも画像がシャープでないといけない。ぼやけていると銀河が重力レンズ効果を受けて曲がっているのか、装置が悪くてひずんでいるのかわからないのです。だから非常に暗い天体までシャープに写るカメラが必要だったのです。
 HSCで5年間かけて1400平方度 *5(全天の約30分の1)を観測しようとしていますが、そのくらい観測しないとダークマターの分布というものをユニバーサル(全宇宙的)に言うことは難しいのです。例えば地球の場合も、地表のごく狭い地域だけ観察しても、地球全体を理解したことにならないですよね。ジャングルを見てしまったかもしれないし、ある都市を見てしまったかもしれない。宇宙も同様に、かなり偏りがあるので、ある一部分を見ただけでは宇宙総体としての理解にならないのです。だからものすごく広い領域を見ないといけなくて、そのためには一度に撮像できる天域が広くなければ大変です。10年前につくったカメラ(シュプリーム・カム)で同じことをやろうとすると10倍時間がかかるのです。今5年でやろうとしていることが50年かかることになって、事実上それはほとんど、無理です。私たちの興味が続くぐらいの期間に終わるためには新しい装置がないとどうしようもなかったので、広視野のカメラを作りました。

「見ていて楽しいですよね。幾らでもお酒が飲めます」とHSCで撮影した多数の銀河について話す宮崎さん。

――1視野を観測するのにどれくらいの時間がかかるのでしょうか。

宮崎:おおよそ1時間半ぐらいです。実は一度にカラー撮影するのではなく、フィルターを変えながら何度も撮影するのです。1つの天域を、青い波長から黄色い波長、赤い波長、さらに見えない赤外線波長まで、5色(5バンド)で観測します。5バンドで撮影すると、銀河の形ではなく銀河までの距離を調べることができます。天体は遠くに行けば行くほど遠ざかる速度が速く、それだけ大きくレッドシフト(赤方偏移)するので、色が赤くなります。その色の情報から距離を推定して、距離ごとに銀河をグループ分けしてダークマターの地図を作ると、2次元のダークマター地図だけでなくて奥行き方向の情報もとれるのです。

バンド毎の白黒画像に色を割当て合成しカラー写真を作る。

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ハイパー・シュプリーム・カムの性能を達成するための技術開発

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*1. 重力レンズ:銀河あるいはブラックホールのような大質量天体の重力場によって光線が曲げられる効果。

*2. ダークマター:星や銀河の運動に対する重力的な効果からその存在は推測されるが、ほとんどあるいはまったく放射を出さないので直接見ることができない物質。宇宙における質量の85%は暗黒物質の形で存在すると考えられる。

*3. トニー・タイソン(Tony Tyson)氏:CCDを用いて初めて深宇宙観測を行ったことで知られる、アメリカの実験物理学者。カリフォルニア大学デイビス校物理学教授、元LSST(大型シノプティックサーベイ望遠鏡)プロジェクト代表責任者。

*4. ニック・カイザー(Nick Kaiser)氏:理論天文学者。ハワイ大学天文学科教授。

*5. 平方度:球の中心から見て1°(度)を一辺の長さとする正方形と等しい面積の球面を切り取る立体角が1平方度。


2016.1.12