宇宙と光のこと ~天文学を読み解くヒント集~

先端技術センター 宮崎聡 准教授 インタビュー [3/3]

――ハイパー・シュプリーム・カムの性能を達成するために、一番重要だった技術開発は何ですか。

宮崎:大きく分けると2つあって、1つは感度の高いセンサーを50センチの広さに敷き詰めるのはなかなか簡単ではなかったです。感度も高くなければいけない。せっかく光がやってきても、そこで反射したり通り抜けたりして、信号として記録できなかったら何のために観測しているかわからないですよね。だから入ってきた光は全部つかまえたい。特に、遠方銀河は赤くなりますが、赤い光に感度を持つセンサーをつくるのは難しい。でも遠方銀河を調べるのが重要なので、難しい技術開発にも挑戦する必要がありました。具体的には、センサーを厚くして赤い光も吸収できるようにすることでクリアしました。CCD開発は浜松ホトニクス *1という会社が協力してくれました。大きいCCDを作っていないのはわかっていましたが、どうしても巨大なカメラを作りたいので「ぜひ一緒に考えてもらえませんか」と提案したら、とても快く引き受けてくださいました。
 もう一つ、センサーに加えて重要だったのは、シャープな画像をつくるレンズです。すばるは8.2メートルの鏡の光を焦点面に向かって集めますが、最後にシャープな画像を作るためには補正レンズというものが必要です。すばる望遠鏡は2枚の鏡の組み合わせで収差 *2をなくすようにできています。双曲面を2枚組み合わせて像がよくなるように望遠鏡を設計しています。だから普通は主鏡で反射させて、上の副鏡でも反射させて、主鏡の中心の穴を通った光を主鏡の裏で結合させるカセグレン焦点 *3というのが使われます。それで収差を直しています。
 すばるの主鏡は双曲面で、1回反射の主焦点 *3には、光軸上も含め大きな収差が載っているため、そのままではよい像が得られません。だからそれを補正するためにレンズが必要です。口径が大きいから補正レンズもすごく大きく、レンズの設計は非常に大変でした。ちょうど私たちがカメラを構想していたころにキヤノンの元技術者だった方が定年退職されて、岡本光学という光学会社の設計顧問に就かれたという情報を得て、その方のところに相談にも行きました。その方は武士邦雄さんと言って、実はシュプリーム・カムのレンズを設計した人だったのです。相談に乗っていただきながら、だんだん構想がまとまっていきました。ちょうどいいときにアドバイスしてくれる人がいて2つの課題を乗り越えられました。

――レンズで収差がちゃんと補正されているかをどうしたら確認できるのですか。

宮崎:それは最終的には望遠鏡を載せてみないとわからないのですけれども、軸上の性能であれば、レンズに相対するように球面鏡を置いて、レンズのお尻から光を入れてやって、送った光と返ってきた光を干渉させることによって、レンズで生まれた収差が計測できます。ただしある1点から出てくる光なので、軸上の1点の収差を調べるだけです。
 軸以外の検査をしようとすると、望遠鏡が必要になってしまうので、そんな検査装置はできません。そこでとりあえず軸上の検査だけ行いました。レンズを組み上げていくときには、一個一個のレンズが例えば80センチくらいの大きさがあって、それを枠に入れて積み上げていくのです。積み上げていくときに接触試験センサーでずれを計測して、ある範囲に入るように押さえていく。機械的な組み上げの精度と硝材の屈折率のデータから、視野中心の波面誤差内の精度が達成されているということで合格になりました。
 でも本当にそれでよかったのかなという不安は運用が始まるまで我々もずっと不安ではありました。実際に、真ん中は良くても端のほうはいつまでたってもなかなか像がそろってこないときがありました。少しずつカメラを傾けながら条件出しをして、全面できちんと像が決まるまで調べるのです。最初は「この辺は合っているけれども、この辺は合っていない」という感じの画像が全ての箇所で収差を取り切れるよう詰めていくのだけれども、これで大丈夫かなと毎日不安で、本当に眠れなかったですね。でも最後にスッと収束して、きれいな絵が撮れたときは首がつながったなと思いました。今ではもうばっちりですよ、すばるのカメラは。

――どのようなチームで開発したのですか。

宮崎:ソフトウェアの担当者、技術担当者や電気系の人など、様々です。集まった経緯も、やりたいと言って参加してくれた人もいるし、やろうよと声をかけて誘った人もいる。同じことを繰り返しやる仕事ではないので、みんなそれぞれが全然違うことをやっています。1人として同じ人がいませんが、天文台だからこれだけのメンバーを集められたのだと思います。1つの大学で技術者を5年にわたって5, 6人抱えるというのは、難しいからね。完成したハイパー・シュプリーム・カム(HSC)がハワイに行った段階でチームはほぼ解散したけれど、時々集まって不具合の対策を一緒に練ってもらったりできるのも天文台のいいところです。先端技術センター(ATC)にちゃんと人がいて、プロジェクトは終わってもそのサポートも一応できる。だから装置をちゃんと中で作っておくと、将来的に長く運用するのにはいいと思います。技術も次世代につなげられますし、今、HSCで編み出した何らかの技をまた違うプロジェクトで彼らが使えれば全体としてハッピーだし。ですからATCというのはそういうハブのような役割を担っているのです。プロジェクトは常に研究者が持ち込んで、技術者の人たちがそれを継承していく。ATCはそのサイクルをうまく回せていると思います。

HSC 実物大 3D ポスターの前に集合した HSC 開発チームのメンバー。

――観測機器を開発する意義は何ですか。

宮崎:新しいこと、誰もできないことをやるためには絶対に作らなければならないと思います。観測の分野での新しい発見というのは、偶然のときも多いですが、新しい装置をつくって観測を始めてみたら、当初想定していなかった現象が見つかってしまった、というかたちで大発見が相次いでいますね。マイクロ波宇宙背景放射という電波の有名な話で、電波技術者がアンテナを作って性能を調べていたら、どうしても落とせないノイズがある。それは何だろうと調べたら宇宙から来ていたことがわかった。それは偶然ですけれども、同様に何か新しい発見をするためには、当然のことながら新しい装置が必要です。
 今はダークマターの研究を行なっていますけれど、何か観測をやっているうちに全然違うところですごくおもしろいものが見つかるかもしれないし、観測の限界を超えるために新しい装置をつくっていくという取り組みはおもしろいと思います。常に挑戦しないと新しい壁は破れないのではないでしょうか。

――次の構想は?

宮崎:さらに広視野を持つウルトラ・ハイパー・シュプリーム・カム。それは冗談ですけれども、今後5年間は私がハイパー・シュプリーム・カムを用いたダークマター地図作りの観測責任者なので、ちゃんと成果を出してから、また何かこっそり構想を考えたいなと思います。

――お忙しい中、お時間と貴重なお話をいただき、ありがとうございました。


収録日:2015年11月19日
場 所:国立天文台 先端技術センター

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*1. 浜松ホトニクス:光に関連した電子部品や電子機器を製造・販売する株式会社。浜松ホトニクス製の光電子増倍管は、2015年度のノーベル物理学賞を受賞した梶田隆章氏がニュートリノ検出実験を行ったスーパーカミオカンデに使われている。

*2. 収差:レンズ、反射鏡、あるいは光学系によって作られる像の不完全さ、あるいはゆがみ。

*3. 主焦点/カセグレン焦点:すばる望遠鏡は、天体からの像を結ぶ焦点を4つ持っている。 ①主鏡に入射した光線が直接像を結ぶ主焦点。視野が広い特徴を持つ。②主鏡の後ろ側にあるカセグレン焦点。比較的複雑な装置も取り付けられる。 ③高度軸の両側、計2か所のナスミス焦点。望遠鏡の姿勢の変化を受けないため、大型の装置を安定して取り付けられる。(参考:すばる望遠鏡4つの焦点


2016.1.12