電波天文学の保護
電波天文学とは
夜空を見上げると多くの星が輝いている様子が目に入ってきます。人里離れた場所に出かけ、降るような星空をご覧になった経験をお持ちの方も多いでしょう。宇宙には自ら光り輝く星が無数に存在していることを実感できる瞬間です。
天文学的にはこれらの星は「恒星」と呼ばれます。太陽は最も近くにある恒星です。恒星の表面温度は数千度から数万度もあります。夜空に輝く星々の微かな輝きからはそんな高温で激しい世界は想像できないかもしれませんが、それはこれらが太陽に比べ非常に遠くにあるからなのです。
天文学は宇宙のことを調べる学問です。では、肉眼で見える光(可視光)の観測だけで宇宙のことは全て分かるのでしょうか?
実はそうではありません。
可視光で全く分からない宇宙の別の側面を調べる一つの手段、それが電波天文学なのです。
電波で見える宇宙の様子
では、電波ではどのような様子が観測されるのでしょう?
星同士を隔てている宇宙空間には「星間物質」と呼ばれる物質が存在し「恒星」を作る材料になっています。星間物質は水素を主成分とするガス成分と、「ダスト」と呼ばれる直径1マイクロメートル(1/1000ミリメートル)以下の固体微粒子とから構成されています。
可視光ではその詳しい様子を知ることが大変困難でしたが、電波観測ではじめてその詳しい様子を知ることができます。
右の画像は、東京大学60 cm電波望遠鏡で撮影されたオリオン座周囲の一酸化炭素分子スペクトル強度分布(230 GHz)です。光学画像上に,電波の強度を強い順から、赤→黄→水色→青→青紫、と色づけして重ねてあります。

また、私たちの一番身近な天体である太陽についても、表面の激しい爆発現象や物質の放出などの様子を電波観測で詳しく知ることができます。それは太陽そのものを知るだけでなく、地球の上層大気の環境変化を知り通信業務に役立てるという身近な活動にも役立っているのです。
右の画像は野辺山電波へリオグラフによる17 GHzの太陽画像です。

電波利用業務としての電波天文
「電波利用業務」として電波天文学を見たとき、どんな特徴があるのでしょうか。
① 受信のみの業務
通常の電波利用は送信と受信がセットになっていますが、電波天文学は自然現象を相手にする「受信のみの業務」です。
② 様々な周波数成分を含み、かつ周波数ごとに独立な情報をもつ信号が相手
通常の業務では、送受信電波の周波数が同じであれば同じ情報・信号のやり取りを別の周波数でも行うことができます。
ところが、電波天文は対象が自然現象のため調節ができません。天体信号はあらゆる周波数成分を含み、しかも各成分が異なる情報を持っています。
たとえば、星間ガス中に含まれるさまざまな分子が出す電波の周波数は、量子力学で計算される飛び飛びの値をもち(線スペクトル)、かつ、それらは分子種ごとに異なっています。
天体の性質を知るには、多数の周波数成分を「あるがまま」に受信するしかありません。
野辺山45 m電波望遠鏡による冷たいガス雲での星間分子スペクトル(8.8 - 50 GHz)。
38種類の星間分子から、合計 414本ものスペクトル線が検出されています。
Kaifu, N., et al. 2004, PASJ, 56, 69 (Figure 1)より改変
③ 微弱な電波が対象
天体からの電波は極めて微弱です。そのため、他業務の人工電波が混ざってしまうとあっという間にかき消されてしまいます。
また電波天文で使用される装置(電波望遠鏡)は、微弱な信号に最適化された超高感度な受信システムを持っています。強烈な人工電波が直接入り込んでしまうと受信部が完全に破壊される可能性もあります。
電波天文学と他の業務との共存
このような電波天文学の特徴を踏まえ、その健全な発展を確保しつつ他業務との共存をはかるため、一般的に以下の施策がとられています。
① 電波天文業務のための周波数帯とその保全
電波天文学にとって特に重要な周波数帯は,電波天文業務が優先的に使用できるよう周波数が割り当てされています。
(右の表参照)
周波数割当計画において、優先順位の高い順に一次分配と二次分配があり、 一次分配を受けて行う一次業務は、 その周波数帯域において最も優先順位が高く、いかなる業務も干渉を与えることはできません。このような周波数帯で、他業務に同格の優先権が与えられている場合は、 電波望遠鏡のある周囲に限って「電波天文業務受信設備指定」を総務省に申請することができます。 申請が受理されると、他業務においては、指定範囲内での人工電波の放射を控えることが義務付けられます。
② 地理的・時間的・周波数的な分離や運用上の協定
電波天文に優先的に割り当てられている周波数帯だけでは、実際、電波天文研究を進めるのに十分とはいえません。
その他の周波数帯での観測には、他業務との調整が必要になる場合があります。
具体的には、電波望遠鏡が使われている場所・時間帯で人工電波放射を可能な限り控えてもらう、あるいは代替周波数の使用や無線通信によらない手法をとれないかを交渉します。
具体的な解決策は個別案件ごとに当事者間で最善の策を模索し、合意に達した段階で運用協定を結ぶ場合もあります。
周波数資源保護室では、電波天文を推進している立場からこのような共存を円滑にすすめるための諸活動を行っています。
>> 周波数割り当てのプロセス(総務省のウェブサイト)

周波数資源を保護する活動
周波数共用検討
電波天文観測では天体が発する極めて微弱な電波を「受信」しますが、電波天文観測以外の一般的な電波利用業務のほとんどは、電波を「発信」する能動業務です。電波天文観測では感度が非常に高い受信機を使用しているため、能動業務から発信される電波の影響を強く受けます(電波干渉)。
電波の周波数資源は限られているので、能動業務と受動業務が同じ周波数帯域を利用することもしばしばあります。そのような場合は、電波干渉を避けるために、複数の業務が同じ周波数帯域で周波数を利用できるかどうかを検討する「周波数共用検討」が必要になります。
「周波数共用検討」では、能動業務による他業務への電波干渉レベルを検討し、その結果に基づいてどのようにすれば干渉を回避、または低減させることができるのかを考えます。
周波数資源保護室では、総務省が主催する様々な周波数共用検討の会合や個別の交渉の場で、能動業務を行う事業者と議論・検討を行うことにより、国内の電波天文観測環境を維持しています。
(個々の案件について、下記「最近の周波数共用検討事例」で概要をお伝えします。)
電波利用の国際的な取り決めについて検討
国際的な電気通信の改善や周波数資源の合理的な利用については、各国の実りある協力と連携が不可欠です。国際連合の専門機関の一つである国際電気通信連合(ITU: International Telecommunication Union)は、構成国193ヵ国間の協力を維持する役割を担っています。
周波数資源保護室では、ITUが開催する、電波利用に関する国際的な取り決めを検討する会合に出席し、電波天文観測を保護する立場から積極的な貢献を行っています。
周波数共用のための検討事例
現在検討中の案件を含め、これまでの検討事例について概要をお伝えします。
(最終更新2023年6月)
- 広帯域無線LANの導入のための共用検討について (新規案件)
- 短波帯固定局のデジタル方式導入のための共用検討について (継続案件)
- 76-77 GHz車載レーダー(小電力ミリ波レーダー)との共用検討について (継続案件)
- 第5世代移動通信(5G)携帯電話システムとの共用検討について(継続案件)
- UWBレーダー 車載レーダーとの両立性検討について(継続案件)
- 6 GHz帯における無線LAN(Wi-Fi)との共用検討について (2023年3月検討終了)
- 携帯電話の上空利用との共用検討について (2022年10月検討終了)
- 空間伝送型ワイヤレス電力伝送(WPT)システムとの両立性検討について (2021年5月検討終了)
- 60 G帯無線設備との両立性検討について(2020年12月検討終了)
- UWB無線システム屋外利用の周波数拡大における共用検討について (2020年10月検討終了)
- Ku /Ka帯における周波数共用検討(2020年10月検討終了)
- 90 GHz空港FODレーダーとの共用検討について(2020年2月検討終了)
- 高速電力線搬送通信による短波帯電波天文への影響について(2020年2月検討終了)
広帯域無線LANの導入のための共用検討について
(新規案件)
短波帯固定局のデジタル方式導入のための共用検討について
利用を希望する企業からの提案を受け、事務局を務める総務省から、共用検討の前提となる技術的条件として最大電力10 kW、必要帯域幅12 kHzが提案されました。 電波天文に分配がある周波数帯域は避けるという条件の下で離隔距離を求めるなど、有害干渉を避けるための検討を続けています。
(継続案件)
76-77 GHz車載レーダー(小電力ミリ波レーダー)との共用検討について
(新規案件)
第5世代移動通信(5G)携帯電話システムとの共用検討について
(継続案件)
UWB(Ultra Wide Band)レーダー 車載レーダーとの両立性検討について
(1)車載レーダーの出力を可能な限り軽減すること、
(2)野辺山宇宙電波観測所45 m望遠鏡の周囲に調整区域を設置し、調整区域内では79 GHz車載レーダーの出力を自動的に抑えるようにすること、
(3)野辺山宇宙電波観測所付近の道路に看板を立てること、など周知する対策が必要です。
野辺山宇宙電波観測所での76GHzレーダー実測例
(継続案件)
6 GHz帯における無線LAN(Wi-Fi)との共用検討について
6 GHz帯では、電波天文において星間空間のメタノール(CH3OH)の分子が示す6.7 GHzメーザーの観測が行われており、干渉を回避するための具体的な対策について協議・調整が必要です。
(2022年3月検討一部終了)
(2023年3月検討終了)
携帯電話の上空利用との共用検討について
(2019年12月検討一部終了)
(2022年10月検討終了)
空間伝送型ワイヤレス電力伝送(WPT)システムとの両立性検討について
(2021年5月検討終了)
2022年1月、総務省はWPT制度化に向けて省令改定案に係る意見の募集を開始しましたが、 電波天文を含む既存無線業務を十分に保護するものではなかったため、 国立天文台周波数資源保護室は是正を求める意見書を提出しました。
【 総務省 パブリックコメント】(2022年5月)
60 GHz帯無線設備との両立性検討について
(2020年12月検討終了)
UWB(Ultra Wide Band)無線システム屋外利用の周波数拡大における共用検討について
(2020年10月検討終了)
2021年8月、UWB無線システムの屋外利用周波数の拡張について改正省令等が公示され、総務省電波利用ホームページに屋外利用時の運用制限の詳細について掲載が開始されました。
【総務省「UWB無線システムの屋外利用時の運用制限について」】
UWB無線システムが電波干渉を与える可能性のある国内施設一覧や、UWB無線システムの無線装置が搭載された機器の停波方法等が掲載され、電波天文関連施設近辺での使用を控えるよう注意喚起しています。

(2021年9月)
UWB無線システムが搭載されている主な機器

電波天文観測設備への電波干渉が想定され、屋外使用が可能な主な機器を掲載しています。
(2023年9月)

- iOS端末 iOS 13.3.1以降のiPhone11/12/13 seriesの手順
- Android端末 Google Pixel6 Proの手順
- Android端末 Galaxy Z Fold 4の手順
iPhone11/12/13 seriesにはUWBを利用できるU1チップが搭載されており、プライバシー設定の位置情報サービスをオフにしても位置情報取得のためU1チップから電波が発信されます。
電波干渉回避のため、下記の手順でU1チップによる位置情報取得をオフにすることができます。
設定 > プライバシー > 位置情報サービス > システムサービスから、[ネットワークとワイヤレス]を選び、[オフにする]をタップする。
GooglePixel6 Proでは、下記の手順で位置情報取得をオフにすることができます。機内モードに設定すれば自動的にオフになります。
設定 > 接続済みのデバイス > 接続の設定 から、1番下の[超広帯域無線(UWB)]を選び、アイコンをタップしてオフにする。
Galaxy Z Fold 4では、下記の手順で位置情報取得をオフにすることができます。
設定 > 接続 の画面で ウルトラワイドバンド(UWB)を選び、アイコンをタップしてオフ(無色)にする。
(2022年12月)
Ku /Ka帯における周波数共用検討
【通信衛星群による天文観測への悪影響についての懸念表明 2019年7月9日】
【総務省 パブリックコメント】
(2020年10月検討終了)
90 GHz空港FODレーダーとの共用検討について
(2020年2月検討終了)
高速電力線搬送通信による短波帯電波天文への影響について
【 総務省 パブリックコメント】
(2020年2月検討終了)