分光宇宙アルバム

02高い波長分解能で広い波長域をカバーするエシェル分光器

図1:太陽のスペクトル画像(岡山天体物理観測所188cm望遠鏡HIDES)

回折格子で光を波長ごとに分けて観測するのが分光観測です。分けられた光はカメラを通して検出器上に写されることになりますが、波長に細かく分ける(これを波長分解能を高めるといいます)ほど検出器上で光が広がってしまいます。検出器の大きさやカメラが結像できる範囲には限りがありますので、測定できる光の波長範囲が狭くなってしまいます。

この矛盾を克服するのがエシェル分光器とよばれる装置です。岡山天体物理観測所の分光器HIDESもこのタイプの分光器で、この装置を用いて得られた太陽光のデータを図1に示します(実際には明るい空の光を観測したものです)。いくつもの帯になって写っているのが、波長範囲ごとに分割されたスペクトル(波長ごとの光の強度分布のデータ)です。つまり、広い波長範囲のスペクトルが、検出器上に折りたたまれて記録されているのです。

一つひとつのスペクトルデータの波長分解能は非常に高く、太陽のような星の大気でつくられるスペクトル線の幅に相当する精度があります。つまり、これ以上分解能をあげても意味がないという程度の精度に達しているということです。この精度で可視光の大部分を一度に観測することができるという、たいへん効率よい観測手法です。

補足解説リニア彗星の形成温度を推定

図2:リニア彗星のイメージ(すばる望遠鏡 CISCO)。

すばる望遠鏡高分散分光器HDSもエシェル分光器です。この分光器で観測された彗星(リニア彗星・図2)のデータを紹介しましょう(図3左)。スペクトルが横線のように見えるのは、彗星からあらゆる波長の光が出ていることを意味します。これは彗星のコマが、太陽光を反射しているためです。ところどころにある縦線は、彗星に含まれる特定の原子や分子から発せられる光(輝線スペクトル)です。この波長を調べることにより、彗星がどのような物質により構成されているのか知ることができます。このデータを調べてみると、リニア彗星にC2やNH2といった分子が存在していたことがわかります。特にNH2はアンモニア分子起源であり、詳しく調べると、彗星が形成されたときの温度を推定することが可能になります。

図3:リニア彗星の分光画像(すばる望遠鏡HDS)。横に並んでいるのが彗星のコマによる太陽の反射光のスペクトルで、そこに重なっている短い縦線が周囲の分子ガスからの輝線スペクトルです。黒枠で囲ってある部分のスペクトルを取り出したのが右のグラフで、C2やNH2の分子の存在が明瞭に見て取れます。

ひと口メモ

回折格子というのは、階段状に刻まれた溝をもった面のことで、これで光を反射すると、溝の深さと光の入射・反射角に応じて、特定の波長の光が強められるという性質があります。これによって、回折格子から出てくる光の角度と波長の間に対応関係ができる、というのが回折格子によってスペクトルが得られる仕組みです。ここで、ある方向に出てくる光の波長は、実は一つだけでなくて、その整数倍の周波数(整数分の一の波長)の光も出てきます。このままでは複数の波長範囲のスペクトルが重なってしまうので、これを垂直方向に別の回折格子で分けてやるというのが、エシェル分光器の原理です。

記事データ

公開日
2011年11月16日
天体名
リニア彗星(C/1999 S4)
観測装置
すばる望遠鏡HDS
岡山天体物理観測所HIDES
波長データ
可視光

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