分光宇宙アルバム

19星間分子輝線の森に挑む

星と星の間に漂う星間ガスの主成分は、水素だ。星の光が強く当たらない領域では水素原子同士が結合して水素分子となる。温度マイナス260度前後のこの雲を分子雲と呼ぶが、水素分子以外の分子も微量に存在する。たとえば一酸化炭素の存在量は水素の約1万分の1ほどだが、水素分子に次いで多く存在する分子であり、炭素原子と酸素原子の電気陰性度の違いから電波を出しやすい構造をしているため、電波観測ではよく観測対象とされる。一酸化炭素の他にも、水(水蒸気)、アンモニア、ホルムアルデヒド、メタノールなど、私たちになじみの深い分子も割合としては小さいが星間ガスに含まれている。炭素が長く連なった「炭素鎖分子」と呼ばれるものや陰イオン分子も含め、これまでに160種ほどの分子が宇宙で検出されている。この中には、野辺山宇宙電波観測所の45メートル電波望遠鏡で初めて検出されたものが10以上含まれている。

電波観測で検出されている分子輝線の中には、「未同定線」(unidentified line の頭文字をとってU-lineとも呼ばれる)も数多く残っている。これは、輝線としては検出されているものの、どの分子から放射されているのかわかっていない輝線である。一般に、どの輝線がどの分子から放射されるかという対応は、実験室で作り出した分子から出てくる電波を測定することによって明らかになる。しかし実験室で作りにくい分子は、その測定が難しい。分子雲の密度は1立方センチメートルあたり分子が10万個程度であるが、これは地球大気に比べて数十兆分の1の密度である。分子雲の中では長期にわたって存在できる分子も、大気中では他の分子と衝突して壊されてしまうのだ。さらに分子雲中では近傍の星からの電磁波や、触媒のようにはたらく星間塵の存在など、様々な条件が複雑に絡み合って化学反応が進んでいる。実験室での試行や理論的なモデル計算などを積み重ね、天文学者と化学者が手を携えて初めて、手の届かない星間物質の様子を分子輝線を手掛かりに調べることができるのだ。

補足解説アルマ望遠鏡と星間化学

2011年9月30日から科学観測を開始したアルマ望遠鏡は、既存の電波望遠鏡と比べて数十倍から100倍高い感度と解像度を持っており、星間化学の分野にも大きな貢献をもたらすことが期待されている。感度が良くなれば当然これまで検出できなかった弱い分子輝線も検出できるだろう。図2に挙げた試験観測スペクトルを見ても、アルマ望遠鏡が取得する分光データには分子輝線が林立していることがわかる。またアルマ望遠鏡の高い解像度のおかげで、観測対象天体のどのあたりにどの分子が分布しているかをこれまでになく詳細に知ることができるだろう。ひとつの分子雲の中で化学組成の偏りはどれほどあるのか、星形成の進行に伴ってどのように化学組成が変わるのか、原始惑星系円盤の化学組成にどれくらいバラエティがあるのか。あるいは、地球型生命のからだを作るたんぱく質の材料となるアミノ酸は宇宙にどれくらい存在しているのか。野辺山45メートル鏡などで得た成果をガイドマップに分子輝線の森に分け入れば、その先に新たな地平が広がっていることだろう。

図1:スピッツァー宇宙望遠鏡が観測した、ウルトラコンパクトHII(電離水素)領域G34.26+0.15。少なくとも3個の大質量星が生まれていると考えられている。星が放出する強烈な光による衝撃波が周囲の分子雲を掃き集め、円弧状の構造を作っている。[Courtesy: NASA/JPL-Caltech]
図2:アルマ望遠鏡が試験観測で取得した、G34.26+0.15 のスペクトル。エチルシアニド(C2H5CN)やシアノアセチレン (HCCCN) など、炭素の骨格を持つ分子からの電波が検出されている。[Credit: ALMA(ESO/NAOJ/NRAO)]
図3:チリの標高5000メートル地点に並ぶアルマ望遠鏡のパラボラアンテナ。[Credit: ALMA(ESO/NAOJ/NRAO), W Garnier (ALMA)]

記事データ

公開日
2014年10月 日
天体名
G34.26+0.15
観測装置
ALMA
波長データ
電波

この記事が掲載されている国立天文台ニュース

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