分光宇宙アルバム

13超低金属星 - 微量元素はどこまで測れるか?

地球から遠く離れた星がどんな物質からできているのか―それを知ることは不可能なことのひとつ、と考えられた時代もありました。しかし、スペクトル観測は星の表面にどんな元素があるのかを調べ、その組成をかなりの精度で測定することを可能にしています。星の中心でつくられたエネルギーは光として放射され、表面から宇宙空間に出ていくときに表層大気中にある原子や分子(もちろん気体の状態)によって、固有の波長の光が吸収されます。星の光を波長に分けて、そこに見える吸収線を丁寧に測ればよいのです。

太陽系の比較的近くにある星の組成を調べてみると、多くの星が太陽とよく似た組成をもっていることが分かります。しかし中には、太陽よりもずっと重元素の少ない星もあります。太陽を含め、普通の星は大部分が水素とヘリウムからできていて、重元素は多い星でも重量比で2パーセント程度、原子の個数でいったら0.1パーセントにもなりません。しかし、そのわずかな重元素には宇宙の歴史が刻まれています。

ビッグバン直後の宇宙には、水素とヘリウム、そしてごく微量のリチウムだけしか存在していなかったことがわかっています。それ以外の元素はすべて、星の内部や超新星爆発の際の原子核反応でつくられ、蓄積されてきたものなのです。つまり、宇宙の初期に誕生した星には、水素とヘリウム以外の重元素がわずかしか含まれていないのです。

重元素の代表とされるのが、原子番号26番の鉄です。鉄は原子核のなかで最も安定なために他の元素に比べて多量につくられ、太陽系組成をみても重い元素のわりに量が多いことがわかります。これまでに見つかっているなかで鉄の含有量の最も少ない星が、図にスペクトルを示したHE1327-2326という星です。スペクトルの測定から、この星の鉄の組成は、太陽のわずか30万分の1でしかないことがわかりました。この星はまちがいなく、宇宙の最も初期(おそらく宇宙誕生から数億年後)に誕生し、現在まで生きのびてきた星の一つといえるでしょう。この星は私たちからわずか数千光年の距離にあるのですが、こういう星を詳しく調べれば、宇宙の初期の出来事を知ることができるのです。

補足解説微量の元素はどこまで測れるか?

星のスペクトル観測からは、いったいどれほど微量の元素組成を測定することができるのでしょうか。太陽の鉄の組成は、原子の個数比でいって、水素の約3万分の1です(太陽でも大半は水素からできているので、水素を基準にとります)。HE1327-2326の鉄の組成はその30万分の1ですから、水素との比では約100億分の1ということになります。しかし、鉄以外の元素では、もっと微量でも測れているものがあります。別の低金属星になりますが、ある赤色巨星ではバリウムという重元素(原子番号56)について、水素との比でわずか1000兆分の1という組成が測られています。これはバリウムがちょうど可視光領域で観測しやすいスペクトル線をもち、しかも赤色巨星でそのスペクトル線をつくりやすい電離・エネルギー状態をとるという事情があるからです。このあたりが現在の測定限界といえますが、このくらい微量になると、普通は無視できると思われている効果―たとえば、星が銀河系のなかを運動している間にまわりの希薄なガスから物質が降着してくるという現象―も考えないといけないかもしれません。

図1:マグナム望遠鏡によるHE1327-2326の画像。この観測データから星の温度を決定した(背景画像はDSSの合成画像:AAO/ROE)。
図2:重元素の少ない星HE1327-2326と太陽のスペクトルの比較。この星は太陽と同じ程度の温度をもち、主系列の近くにある星なので吸収線の強さの違いがほぼ組成の違いに対応します。上の図は可視光領域の分解能の低いスペクトル。太陽のスペクトルにみえるぎざぎざは、大気中の重元素による無数の吸収スペクトル線によるものです。これに対し、HE1327-2326のスペクトルはのっぺりしていて、ここに見える吸収線はどれも水素によるもの(いわゆるバルマー系列の吸収)です(水素が大気の主成分であるのは太陽とかわりません)。下の図では紫外線領域の高分解能スペクトルを示しています。太陽のスペクトルには多数の吸収線が重なってしまっていますが、HE1327-2326にはこの波長域では微弱な鉄の線が1本見えるだけです。

記事データ

公開日
2013年7月19日
天体名
HE1327-2326
観測装置
すばる望遠鏡
波長データ
可視光線 [13.5等(V)]

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