分光宇宙アルバム

18生まれ来る星の産声を聞く

はるか彼方の宇宙に漂うガスの組成を調べ、その動きを追う。それを可能にしてくれるのが分光観測だ。「光」という文字が入っているが、同じ電磁波の仲間である電波でも同じこと。様々な分子が出す特定の周波数の電波を観測することで、可視光では見えない宇宙の姿を明らかにできる。

太陽のような恒星は、銀河系内に漂うガスや塵(まとめて星間物質と呼ばれる)が自分の重力で寄り集まることによって作られる。星の卵ともいうべき「分子雲コア」の大きさはざっと0.1光年、重さは太陽の数倍、密度は1立方センチメートルあたり水素分子が数十万個程度。この星間物質の集合体がさらに自分の重力によって収縮すると、中心部に赤ちゃん星「原始星」が作られる。原始星のまわりには大量の星間物質が取り巻いており、可視光線はこの厚い雲にさえぎられてしまうので原始星の様子を詳しく調べることができない。そんな時は電波の出番。極低温の星間物質そのものから出てくる電波を調べることで、原始星直近の様子を調べることができるのだ。

さらに、ガスが動いている場合はドップラー効果によって電波の周波数がわずかにずれる。これを精密に測定することで、原始星の周りを回るガスや原始星から噴き出す高速のガスの流れ(双極分子流)をつぶさに観測することができる。中心の星が輝きだすと周囲のガスの温度も上がり、多彩な化学反応が進む。また、速いものでは秒速100キロメートルにも達する双極分子流が周囲の星間物質と衝突するところでは、塵の温度が上がってその表面から様々な分子が飛び出したり、衝撃波によって塵自身が破壊されたりする。このような領域では、一酸化ケイ素など特有の分子が一般的な星間空間中に比べて100万倍も多く存在するようになる。もちろん、双極分子流の規模や速度、その周囲での化学反応の様子は原始星やその周囲の環境によって様々だ。星形成領域の多様性を、分子スペクトルは雄弁に語ってくれる。

補足解説原始星ガス放出の根元を探れ

原始星が放出するガスにも、様々な種類がある。大きく広がりながら秒速数km/sで進むもの、細く細く絞られて100km/sもの速度を持つもの、数光年の遠距離にまで到達するもの。さらに、原始星によっては高温の電離ガスジェットを噴出しているものもある。ガスを細く絞って高速で放出するメカニズムには原始星のまわりの磁場の力が関係していると考えられているが、まだその放出機構は完全には明らかにされていない。さらに、原始星によって高速の分子流を持つものと持たないものがある。これが、進化の段階の違いを表わすのか、それとも分子雲コアや原始星周囲のガスの回転速度の違いに起因するのかも分かっていない。これは、分子流が原始星のごく近く(0.01天文単位から数十天文単位)から出ていて、これまでの望遠鏡では空間分解能が不十分だったことが大きな理由である。既存の電波望遠鏡に比べて数十倍高い空間分解能を実現できるアルマ望遠鏡の稼働によって、この分子流の放出メカニズムの解明が期待されている。

図1:スピッツァー赤外線宇宙望遠鏡によって撮影されたバーナード1領域。中央から左右に細くのびる緑色のすじは、原始星B1-cから出た高速ガスによって生じた衝撃波で光っている領域。原始星自体は星間物質に深く埋もれているため、赤外線では見えていない。
図2:野辺山45メートル電波望遠鏡で検出された、一酸化ケイ素(SiO)輝線。原始星B1-c方向(下)では輝線は検出されていないが、図1で緑色に見える高速ガスの位置では視線方向速度30km/sに及ぶ輝線が検出された。衝撃波により一酸化ケイ素分子が星間空間に大量に放出されていることがわかる。
図3:野辺山45メートル電波望遠鏡で検出されたメタノール(CH3OH)輝線。メタノールが出す複数の輝線を観測し、その強度比などからガスの温度や密度が推定できる。

記事データ

公開日
2014年10月 日
天体名
B1-c
観測装置
野辺山45m電波望遠鏡
波長データ
電波

この記事が掲載されている国立天文台ニュース

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