分光宇宙アルバム

08月のスペクトル

満月
図1:満月

固体表面が露出している水星や月などの天体には大気がない、と長い間思われていました。スペクトルをとっても、なにしろ固体ですから太陽の反射光に、ほんの少し、鉱物特有の幅広い吸収が載るだけで、あまり面白みもなく、分光観測の対象にはなっていませんでした。ところが、1985年に水星にナトリウムの希薄な大気が、輝線として地上観測で発見されました。このナトリウムは、おそらく水星表面からなんらかの原因で放出されていると考えられました。なにしろ重力的に束縛されてはいますが、太陽の強い紫外線により、一定時間の後にイオン化し、太陽風に捕捉され、飛んでいってしまうので、常に供給されている必要があるからです。

水星にあるのなら月にも、と思うのは当然です。そして、1988年、月にもナトリウム大気が発見されたのです。

続いてカリウムも発見されました。水星同様、月からも何らかのメカニズムで供給され続けていると思われています。ただ、そのメカニズムはまだ完全に解明されていません。固体表面への太陽系空間塵の衝突による放出の可能性があり、実際、しし座流星群の時に月のナトリウム放出量が増加した、という報告もあります。他にも、太陽風によるスパッタリングや光子による表面物質からの解離などが考えられています。明るい背景の中、かつ太陽のフラウンフォーファー線の吸収線の中に埋もれた輝線成分を測定しなくてはならないという困難さのため、シーイングの悪い日本ではなかなか苦戦を強いられていますが、東北大学などのグループが着実に成果をあげつつあります。

1996年12月、岡山天体物理観測所65cm太陽クーデ望遠鏡での観測結果
図2:1996年12月、岡山天体物理観測所65cm太陽クーデ望遠鏡での観測結果。わずかにナトリウム大気の輝線が見えている(矢印の谷の部分)。

補足解説希薄大気の発見

月のナトリウム大気は、1立方センチメートルあたり原子100個弱程度と、ほとんど真空と言ってもいいほどです。さらにカリウムは、その1/3~1/6程度です。この存在比は、月のレゴリスの値とよく似ているために、月起源であることは間違いありません。これだけの希薄な大気成分だと、通常は検出できないし、その場の観測でもなかなかつかまえることは困難です。しかし、月の縁を眺めると、その直上の大気層を長く見通すことができるため、実質的に大きな柱密度を得ることができます。地上観測の優位性はここにあるのです。希薄大気の発見には、ナトリウムやカリウムの発光効率が良いことも幸いしたといえるでしょう。

図3:分光画像。2009年9月に乗鞍コロナ観測所25cmコロナグラフで行った観測結果。下側の明るい部分が月面。見た目ではナトリウム輝線はまったくわからない。

記事データ

公開日
2012年11月1日
天体名
観測装置
岡山天体物理観測所
65cm太陽クーデ望遠鏡
波長データ
可視光線

この記事が掲載されている国立天文台ニュース

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