分光宇宙アルバム

03補償光学は分光観測でも威力を発揮

図1:ハッブル宇宙望遠鏡による変光星ミラの画像。進化末期の赤色巨星であるこの星は、形状が球ではなく、歪んでいることがこの画像からもわかります。

遠くにある恒星は、普通は点状の光として扱われます。しかし、大気の外に打ち上げられた望遠鏡や、地球大気の影響を克服する補償光学(Adaptive Optics:AO)の登場によって、進化の進んだ赤色巨星の広がりがとらえられるようになってきました(図1)。

補償光学とは、地球大気によって光の進み具合が乱されるのを瞬時に補正し、シャープな天体像を得る技術です。天体からの光の波面は望遠鏡に入るまでに大気によって乱され、そのパターンは時々刻々と変化しますが、この乱れの様子を、観測天体の近くにある明るい星の観測によってとらえ、瞬時に装置内の可変形鏡(形状を制御することができる鏡)にその情報を送り、天体像の乱れを打ち消すように鏡の形状を制御します。この操作を1秒間に1000回ほど行うことにより、目的天体のシャープな画像を得ることが可能になります。

補償光学を用いて得られる、このような高解像度の星像を分光観測すると、星の広がりと波長の関係を調べることができます。「太陽の直径は○○キロメートル」「この星の見かけの直径は○○ミリ秒角」などという言い方をすることがありますが、実はこの数字は波長によって異なります。簡単にいうと、星の大気中の物質によって吸収を受けにくい波長では、大気を深く見通せるため、星のサイズが小さく見えます。また、星の周囲に高温の分子ガスが広がっていると、その分子が光を放射する波長でみれば星のサイズが大きく見えることもあります。

補償光学というと、一般にはシャープな画像を得るための装置という印象が強いのですが、得られた像を分光観測することにより、高い感度のスペクトルデータが得られるだけでなく、このような巨星の大きさを調べたり、密集した領域の星や接近した連星を分離し、その星の性質を詳しく調べるといった研究も可能となるのです。

補足解説赤色巨星ミラの広がりを測る

図2:赤色巨星ミラのスペクトル画像。補償光学を用いることで、星像の広がりが0.1秒角程度のデータが得られていることがわかります。所々に見える光の弱い部分(赤味がかったところ)は分子によって光が吸収されていることを意味しています。

図2は補償光学で得られたミラのスペクトル画像で、縦方向が波長に、横方向が星像の広がりに対応します。黄色の部分が光の強いところで、所々に見られる光の弱い部分は分子による光の吸収です。この星像の広がりを波長ごとに測った結果が図3です。光の強度、つまり星のスペクトルと並べてみると、光の弱い波長で星像が広がっていることがわかります。例えば、波長2.3ミクロンあたりに一酸化炭素(CO)による吸収帯が見られますが、そのスペクトルをちょうど裏返したように星像が広がっています。また、波長2.45ミクロンを越えると水蒸気(H2O)の吸収帯が現れますが、そこでは星像が顕著に広がっています。このように、光の吸収の強さだけでなく、関与する分子によって星の広がりが変わることもわかります。

図3:赤色巨星ミラのスペクトル(下)に現れる一酸化炭素(CO)分子や水蒸気の吸収と、波長ごとに測定した星像サイズ(上)には対応関係がみられます。ここで示している星像サイズには、望遠鏡による像の広がりも含まれているため、実際の星の視直径は、波長によって約20から40ミリ秒角というより顕著な違いが存在します。

記事データ

公開日
2011年11月16日
天体名
変光星ミラ
観測装置
すばる望遠鏡補償光学(AO) + IRCS(近赤外分光撮像装置)
波長データ
近赤外

この記事が掲載されている国立天文台ニュース

この記事が掲載されている
国立天文台ニュース(PDF形式)をダウンロード